【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る、「薬草と人間の文化史」 – 薬プレッソ

西村佑子先生が語る「薬草と人間」

【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る、「薬草と人間の文化史」

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皆さまは薬草と人間のつながりについて考えたことはございますでしょうか。
本連載ではドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される、西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。

薬草と人間の結びつきとは

ドイツの小さな修道院の薬草園を訪れたときのことです。一人ベンチに座って薬草の香りにうっとりしていると、二人の尼さんが籠を手にしてやってきて薬草を摘み始めました。聞けば夕食のスープに使うのだそうです。
修道院は自給自足が原則ですから、薬草園も持っています。食事当番の尼さんたちは大昔からこんなふうにして薬草を摘んでいたのかと思うと、まるで中世にタイムスリップしたような気分になりました。
中世の修道院は祈りによる修道院内部の信仰活動だけでなく、貧困者や病人を受け入れて救済することによって社会とむすびついていくようになりました。これが学校や病院の始まりと言われています。修道士は薬草の研究にも力を入れて、効能ある薬を作りだしました。修道士というのは活動する知識人だったのです。


▲楽園で憩う人々(上部ライン地方の画家、1420年頃)


▲庭園で働く女たち。ストラボ著『小さな薬草園』(9世紀)の口絵(ヴァディアンス版、1512年)

ドイツの修道院で遭遇した夢のような体験をきっかけに、薬草についてもう少し知りたいと思うようになり、以来、ドイツへ行けば、薬草園のある修道院や大学などさまざまな植物園を歩いてきました。


▲ゼーリゲンシュタット修道院(ヘッセン州)の薬草園。効能別に分けられた苗床が見事


▲ヴュルツブルク大学付属植物園(バイエルン州)。フランツ・シーボルトのコーナーもある


▲聖書に出てくる植物を集めた薬草コーナー(ハンブルク大学付属植物園)

中世の西ヨーロッパを掌握したフランク王国のカール大帝(742~814年)は、王領地の管理運営について定めた「御料地令」の中に、庭園に植えるべき植物のリストを載せています。たとえば、キュウリ、カボチャ、キャベツ、ローズマリー、ミント、カラシ、ニンニクなど73種類の野菜や薬草のほかリンゴ、ナシなど実のなる樹木18種類の名を挙げています。どれも私たちに馴染みのあるものばかりですね。


▲瓢箪(ひょうたん)は旅に出る修道士が水筒として重宝したもの(チューリンゲン州メムレーベン修道院の菜園)


▲修道士について詳しい説明が聞ける部屋(メムレーベン修道院)

いろいろな薬草をどんなふうに植えるのがいいのか、その組み合わせについてはずいぶん古くから考えられていました。カトリック教会ベネディクト会の一つであるザンクト・ガレン修道院(スイス)には、9世紀当時の薬草園の設計図が残っています。今でもこれに基づいて造園している薬草園がたくさんあります。


▲ザンクト・ガレン修道院の菜園と薬草園の設計図(816年)


▲ザンクト・ガレンを手本にした薬草園(ミヒャエルシュタイン修道院・中部ドイツ)

薬草は現在ではもっぱらハーブティや料理用スパイス、アロマオイルとして愛用されていますが、なんといっても近代薬学の発展に大きく寄与した重要な植物です。人間はこれまでに多くの経験と研究を重ねて、野山に生えている薬草から近代の薬品にたどり着いたのです。


▲スーパーマーケットなどで手軽に買える薬用ハーブティ


▲ハンブルク(北ドイツ)のスパイス博物館


▲薬草を摘む女(ザクセン州ザイフェン村の木彫り人形)

おわりに

薬草には、身体によく効く成分から命を奪うほどの恐ろしい毒成分を持ったものまであります。しかし、薬草それ自体は自然の一部であって、人の役に立とうとか、人を殺そうと思って存在しているわけではありません。つまり、人間が薬草を生活に利用してきたのです。このような薬草と人間のつながりを文化史的な立場から見ていくのも面白いものです。
次回からは、薬草にまつわる不思議な言い伝えや、季節ごとの伝統行事で薬草がどのような役割を担ってきたのかなど、興味深い薬草についてドイツの文化を中心にご紹介していきたいと思います。
月1回の連載ですが、興味をもって読んでいただけたら幸いです。

西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。

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