小石川植物園に行って教授に訊いてきた「薬剤師にしか通じない話」前編 – 薬プレッソ

小石川植物園に行ってきた

小石川植物園に行って教授に訊いてきた「薬剤師にしか通じない話」前編

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「薬プレッソ」読者のみなさま、こんにちは。
ライターの薪場 竜(まきば りゅう)と申します。
突然ですが、「小石川植物園」をご存知でしょうか。

今からさかのぼること330年、徳川幕府が設けた「小石川御薬園」が前身で、当時は薬用植物の栽培試験場としての役割を果たしてきました。

現在は東京大学大学院理学系研究科の施設として一般に親しまれていますが、実は歴史的には日本で最も古い歴史を持つ植物園の一つなんです。

各大学薬学部の実習で訪れることも多く、学生間で抽選になるほどの人気スポットなんだとか。それも無理はない話で、古くは五代将軍綱吉の時代から「御薬園」があったということから「薬」と深くかかわっており、また日本の近代植物学発祥の地でもあり、日本の植物研究においては「聖地」というべき場所なんです。

「薬プレッソ」で、薬剤師さんに「一度は行ってみたいスポット」についてアンケートをとった際、第3位に「植物園・薬草園」がランクインしたのですが、中でも「小石川植物園」には多くの票が集まりました(アンケート結果については「薬局から植物園まで。薬剤師が一度は行ってみたいと思うスポットとは?」をぜひお読みください。

そこで、「現役の薬剤師を連れて、植物園の教授と引き合わせたら、どんな会話が繰り広げられるのか?」という疑問を解決すべく、恐れ多くもさっそく検証してみることに。

薬剤師の高山さん(仮名)と共に、「小石川植物園」に初潜入し、薬用植物のディープな世界を初体験してきました。

案内役は小石川植物園(東京大学大学院 理学系研究科附属植物園)に所属する邑田 仁 先生。植物分類学を研究されており、小石川植物園に勤めて40年にもなるという「生き字引」のような存在に率いていただ頂いての園内ツアー。

薬剤師との出会いによってどんなシナジーが生まれるのか、楽しみでなりません!

小石川植物園の立地

都営地下鉄三田線 白山駅から徒歩10分。白山はもともとこの地にあった「白山神社」から取られた地名で、徳川綱吉の信仰を受けていたことから、徳川家と深い関わりがあったことがうかがえます。
その名の通り山がちな土地柄で、小石川植物園は大きな斜面にまたがるような立地。台地と低地では12mもの高低差があるんだとか。


▲ 植物園入り口に至る坂道。入り口は低地側にある。

▼坂道を下り、植物園の入り口に到着。行ってきます!

教授の手引きで園内を散策。

実は取材当日は雷雨の予報。抜かりなく傘を用意されていた教授。

教授:「この感じだと、絶対降りますよね。この雰囲気だと回っているうちに降ってくると思うので……」

ひえ〜、こんな日にセッティングしてゴメンなさい…! 雨が降り出すまで、傘をお預かりしますね。
こんな感じで、終始なごやかな雰囲気で接していただきました。果たして最後までお話を伺えるのか……出だしからスリルを感じつつ、園内を散策開始。


▲御薬園を記念する薬園保存園。 おびただしい数の薬用植物が植えられている。

教授:「綱吉が五代将軍になった時に、外にあった薬園をこの中に移してきた。その時、1684年から幕府の「御薬園」ということなんですよね」

ふむふむ。事前に薬剤師さんから聞いていた内容とおんなじですね。

教授:「江戸時代の終わり、明治政府になる時に、すごく大きな変化があって。それまで御薬園だったのが植物園になったので、それまであったほとんど木が伐られちゃって、中身もすごく変わってるんです。ですから、今ここは薬園保存園って名前だけど、植物そのものは全然江戸時代のものを引き継いでないんですよ」

薪場:「ふむふむ……。あれ!? そうなんですか!?」

教授:「はい。『江戸時代からこんな薬草を植えていた』っていう記録があるので、その中で植えられそうなものを選んで、ここに植えているんです」

何と、綱吉が作った「御薬園」が今の「薬園保存園」にそのまま引き継がれているのかと思いきや、そんなことはなかったのですね。
つまり、当時の状況を同じ場所で再現している「再現プロジェクト」的な場所だととらえればよいのかしら……。

こんな感じに、教授から植物園のことを教えていただくツアーみたいな感じになるのかな? という予感がし始めた取材の幕開けでしたが……。

……しかし、ここからがすごかったのです!

「ああ、あのマオウ」。……どちらのマオウさんでしょうか。

薪場:「この植物たち、全部薬の原料なんですか?」

教授:「僕は分類学者なので、僕もどういうふうに加工して、どういう生薬にされるかっていうことはちょっと分からないんですけど……、江戸時代に民間薬として使われているものや、いわゆる漢方薬の中に含まれているようなもの。さまざまです」

そう言って指差した先には、雑草に埋もれるようにして、ネギのような細長い葉っぱが特徴的な植物が。

教授:「これなんかはエフェドラっていう学名がついてますけど……」

ふ〜ん。エフェドラ? とぼんやり聞いていると、突然、薬剤師の高山先生の目が輝きだしました。海外ドラマを観ていたら、急に好きな日本の俳優が出てきたレベルの反応です。

高山先生:「あ! これ、あのマオウですね。葛根湯、麻黄湯に使われている」

おお? 「あの」マオウ?

教授:「そうです。もともと中国のもので、咳止めの薬には大抵入っている、エフェドリンっていう成分が抽出できる。咳止めとかに使えるので、いろんな薬に配合されていますよね。有力な生薬材料です」

高山先生:「葛根湯はよく風邪の引き始めとかに飲みますね。麻黄湯は、インフルのひき始めに使われたりもしますね。 高齢者や虚弱体質の方だと作用が強く出てしまう可能性があるので、一般的に使いにくい点もありますよね。」

教授:「マオウを煎じて飲むかっていうと、それだけだと作用が強すぎる。漢方では伝統的な処方に従って、他の生薬と混ぜたり、使う前に加熱して毒性を下げたり、いろいろなことをやってから使えるようになるわけです。だからその辺に生えているからっていって、それをすぐ生薬として使えるわけではない」

……めちゃくちゃ話に花咲いてる!
完全に置いてけぼりですが、二人の会話はノンストップ。

高山先生:「スポーツをされている方で、ドーピングチェックのある大会に出るレベルの選手になってしまいますと、エフェドリンって検査に引っかかってしまうので、なかなか漢方として出しづらい。おすすめはしないです」

薪場:「スゴイ豆知識きた。国際レベルの方が薬局にいらしたことあるんですか」

高山先生:「いや、そういうんじゃないですけど、有名な話です」

どうやら薬剤師さんにとってはよく引き合いに出される話題のよう。
皆さんもドーピングチェックを受ける際は、エフェドリンが含まれる漢方を処方されていないか注意しましょうね!

※補足)高山先生曰く、患者さんの大会前後・大会期間中は注意が必要。大会を控えていたり、そうでなくともスポーツマンが来たら、Drに相談することが推奨されるそうです。薬剤師の安全管理、恐るべし。

教授:「芍薬は基本的に痛み止めですよね」

高山先生:「そうですね、芍薬甘草湯は、こむら返りに対して使われるのは有名ですね。 あとは、婦人科系の漢方の一部に含まれてる代表的なものですね」

薪場:「『立てば芍薬、座れば牡丹……』っていう、あの芍薬! なんだか思ったよりも地味ですね」

見た目がパッとしなかったのは開花期を過ぎていたからのよう。残念ながら花は見られませんでしたが、生薬の材料だったんですね。「立てば芍薬」が太腿のけいれんに効くというのが何とも意味深です。

甘草(カンゾウ)をめぐる日本企業の戦い

高山先生:「あ、甘草。」
教授:「この一株だけです。他が雑草なんですけど、こういうふうになっちゃうのでなかなか見せるのが難しい」


▲おもむろに雑草を抜き始める教授。

薪場:「何をされているんですか?」

邑田先生:「ここね、常勤の技術職員が6人しかいないんですよ。加えてアルバイトの人が1日平均3人くらい。草刈りとか全部その人数でやってるんです」

何と、これだけの広さを6人で!?
日本最古の植物園の意外な裏事情を垣間見てしまいましたが……、それはさておき甘草(カンゾウ)の話です。有名な生薬の材料のようですが、どんな作用があるのでしょう?

教授:「マメ科の植物で、根の中に甘い成分が入っているんですよ。それを醤油の甘み付けに使ったり、歯磨き粉の中の甘味料として入れる」

薪場:「へえ〜。漢方薬以外のところにも用途があるんですね」

教授:「喉が痛いときにこれでうがいするといいので、これなんかは干した根なんかを使ったりするんですね」

高山先生:「利用範囲、とても広いです」

薪場:「ボードに『痰が去る』って書いてある」

教授・高山先生:「去痰(きょたん)」

薪場:「ステレオで聞こえてきた。きょたんって読むんですか」

高山先生:「甘草は多くの漢方に含まれています。ただ摂り過ぎると、偽アルドステロン症にかかる恐れがある。漢方をたくさん飲んでいるご高齢の方とかは、少し注意してみてたりします」

そもそも『アルドステロン症』がわからないのに、偽アルドステロン症の話題がいきなり飛び込んできました。
後から教わったところによると、アルドステロンというのがホルモンの一種なのだそう。。「血圧を上昇させるホルモン(アルドステロン)が増加していないにも関わらず、高血圧、むくみ、カリウム喪失(そうしつ)などの症状があらわれる」のが、義アルドステロン症なのだそうです。

(上記は、高山先生が後ほど教えてくださった、Pmda[独立行政法人 医薬品医療機器総合機構]のWebサイトによります。)
※参考)http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1019-4d9.pdf

教授:「日本では、甘草を中国などから大量に輸入しているんですけど、もともと山で採っていたものが山で採れなくなっていたり、中国での消費量が増えていたりする。それで近い将来輸入できなくなるかもしれないって、日本の製薬会社とかはすごく心配しているんですよ」

薪場:「確かに、ほとんどの漢方薬に入っている原料が入ってこなくなったら大変ですよね」

おまけに醤油もしょっぱくなって、歯磨き粉も味がしなくなることに。全国の子供がおかんむりということになりかねません。子供たちの食生活と歯磨きタイムを守るため、ガンバレ、日本の企業!

クララが立った!! ……と思ったら、クラクラしてまた座った。


▲羽のような形の葉っぱが特徴的なクララ。

隣に「クララ」という可愛らしい名前の薬用植物が。きっと原産地はアルプスに違いありません(注:日本でした)。

教授:「これはクララっていう同じマメ科の植物ですけど、すごく苦い。で、齧るとクラクラするっていうような、そこから来てると言われています」

薪場:「え。そんなダジャレみたいなネーミングでいいんですか」

教授:「苦いものは他にもリンドウとかいろいろありますけど、大抵胃薬とか、消化器を収縮して下痢を止めるとか」

薪場:「へえ〜。胃腸に効くんですね」

教授:「オケラも有名なものですよね。蒼朮っていう漢方の名前」

高山先生:「ああ、蒼朮!」

薪場:「ソージュツ? 槍を扱うやつですか」

教授:「いやいや、蒼朮(そうじゅつ)。風邪薬によく入っています。解熱とか」

そう言って「述べるみたいな字を書く」と手振りで示した教授。正直その場では分からず後でググりましたが、蒼朮はホソバオケラという植物の根茎を乾燥したものだそう。バガボンドの宝蔵院流槍術は関係ないようなので、混同しないようにしなきゃ。

漢方薬の力の差。「エスプレッソ」 VS 「インスタントコーヒー」

薪場:「基本、こういう植物を何かしらの方法で加工して組み合わせて、一つの薬になっているようなイメージですかね?」

高山先生:「基本となる生薬を君薬(くんやく)というのですが、そこにさまざまな生薬を組み合わせて一つの漢方ができる、が正しいです。」

教授:「とにかく保存のためには乾かすというのが基本。大抵のものは乾かして、刻みを作って、それをはかりで量って何対何で混ぜるっていうようなことをやって、お湯で煎じる、抽出するっていうのが普通の使われ方です。最近は散剤と言って、抽出したものを一回フリーズドライみたいにして、それを薄めて飲める格好にする」

高山先生:「凍結乾燥品ですね。みなさんが出会ってる漢方はだいたいもう凍結乾燥品、顆粒(かりゅう)になっています。いろんな企業が販売していますよね」
参考:品質管理・製造 _ 漢方が患者様にとどくまで~漢方バリューチェーン~ _ 品質について _ ツムラ

教授:「昔は煎じたものをやかんから直接飲んでいたんですよ」

薪場:「へえ〜。お茶みたいな感じですか?」

教授:「お茶っていうかまぁ、そういう薬だった。コーヒーとインスタントコーヒーの違いみたいなもので、必ずしも微妙な成分がぜんぶ固体になってくるとは限らないわけでしょ。だから本当はもともとの、煎じたものを直接飲む方がいいんでしょうけど、そうはいかない」

名言きましたね。凍結乾燥品はインスタントコーヒーみたいなもの。

高山先生:「薬局によっては、医師の処方に基づいてその場で生薬を組み合わせて調剤して、お渡ししている漢方薬局もあります」

教授:「漢方薬局とかに行くと、そういう元の配合を出してくれたりとか。そしたらその薬局のオリジナルの配合で、普通よりもこの成分をちょっと増やしてとか、小回りが効く」

薪場:「なるほど。いわばエスプレッソ」

教授:(笑)

さて、過熱し始めた「薬用植物トーク」ですが、今回はここまで。
次回「後編」では、分類学のエキスパートにしか話せない植物トークがさらに深まりつつ、思わぬ方向に話がそれていきます。お楽しみに!

(文・薪場 竜)
小石川植物園 案内人プロフィール
邑田 仁(むらた じん)。小石川植物園に40年間勤めた分類学者で、第二十代・二十二代園長を歴任。研究テーマは「維管束植物の系統分類、日華植物区系を中心とする植物相の解析」。

薬剤師プロフィール
薬学部を卒業し、実務について2年目の若手薬剤師(病院勤務)。
学生時代の実習では抽選になるほどの人気だった小石川植物園を訪れ、ちょっとテンション高め。

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薬プレッソ編集部

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「プレッソ」にはイタリア語で「すぐそばに」という意味もあります。編集部一同、薬剤師のみなさんと伴走しながら、みなさんの「もっといい人生、ちょっといい毎日」のために「ちょっといいメディア」にしていきたいと思っています。

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