専門家の視点 薬学教育者 – 「健康サポート薬局」はドラッグストアが本来求めてきた姿 これを実現できるか否かで日本の薬局、そして地域医療は変わる【月刊MD】 – 薬プレッソ

薬プレッソ

専門家の視点 薬学教育者 – 「健康サポート薬局」はドラッグストアが本来求めてきた姿 これを実現できるか否かで日本の薬局、そして地域医療は変わる【月刊MD】

LINE

名古屋市立大学薬学部で教鞭をとる鈴木匡教授はドラッグストア(DgS)勤務の経験を持つ ユニークな研究・教育者である。学部と大学院で授業を受け持ち、中でも薬剤師の臨床教育の責任者として、薬学生の薬剤師実践教育に力を入れている。 豊富で多方面にわたる経験をお持ちの鈴木教授に「かかりつけ薬剤師」「健康サポート薬局」などについて聞いた。

▼目次

 

薬学教育の変化

薬学生の薬剤師実践能力の 教育に重きを置く

 まず、鈴木教授が担当する授業を大まかに紹介しよう。学部の学生を対象として、1・2年生には、医療人や薬剤師の基本的な心構えを教える「医療系学 部連携授業」「薬学概論」。3年生では「医療経済学」、4年生では「薬局管理学」「実務実習事前学習」。そして5年生からは「実務実習」を指導している。薬剤師として医療現場で活躍するための知識・技能・態度を教える授業の責任者を務めている。

 大学院生を対象とした授業では、地域医療に関係する「コミュニティファーマシー特論」などを受け持っている。

 薬局の基礎はもちろんのこと薬学部生を薬剤師業務実践の場につなぐ授業、地域医療の中での薬局、薬剤師といったテーマが鈴木教授の中心的な担当となっている。

将来を見据えて 薬学教育の方針が大きく転換

 薬学教育の大きな方針を示すガイドラインとして、「薬学教育モデル・コアカリキュラム」がある。これが平成25年度から大きく改訂された。鈴木教授は、改訂にあたり、実務教育にあたる部分を担当した。

 「10年後、20年後の将来を見据えて、薬学教育は大きく方針を転換しています。カリキュラムの冒頭に『薬剤師に求められる10の基本的資質』が規定されカリキュラム全体もこれに沿ってつくられています。チーム医療への参画も入り、明らかに地域包括ケアシステムを視野に入れています。

医師の処方に対しても主体的に提案するよう求めるなど、薬剤師が積極的な行動をとることが期待されています。こうした教育を受けて社会に出る薬剤師が増えれば、薬局の状況も変わるとおもいます」(鈴木匡教授、 以下同)

 10の基本的資質とは、以下の項目となる。(1)薬剤師としての心構え、(2) 患者・生活者本位の視点、(3)コミュニケーション能力、(4)チーム医療への参画、(5)基礎的な科学力、(6)薬物療法における実践的能力、(7)地域の保健・医療における実践的能力、(8)研究能力、(9)自己研鑽、(10)教育能力。

 以上10の基本的資質に沿って展開されるカリキュラムを土台に、学生たちに地域生活者の健康をサポートすることが薬剤師の重要な役割であることを、教えている。

 

2016年調剤報酬改定

健康サポート、地域貢献できる薬局だけが残っていく

 薬局関係者や薬剤師とも広く交流し、「現場」をよく知る鈴木教授に今回の調剤報酬改定について聞いた。

 「おもったよりも厳しい改定ではないというのが正直な感想。技術系の点数がそれほど下げられなかった。服薬指導、在宅、新設されたかかりつけ薬剤師など、薬学管理料が手厚くなったのが特徴です。

 カットされたのは、調剤基本料、基準調剤加算などいわば患者さんが処方せんを持ってきただけで付く基礎的な点数です。これはリーズナブルだとおもいます。なんの差別化要素もないところに一律同じ点数が付くのは不合理です。

 かかりつけ薬剤師がいい例ですが、24時間対応、薬を一元的に管理して患者の健康を総合的にサポートするといった対応には点数を高くつける。単に調剤するだけでは、それほど点数が取れないという方向へ調剤報酬は向かっています。

 短期的には患者・来局者を総合的に健康サポートする専門性の高い薬局と、患者の利便性だけを追求した手軽でディスカウント色の強い薬局に二分化されるのではないでしょうか。

 ある大学病院の前の調剤薬局に『うちの薬局は他の薬局より手数料が安価なので低価格で調剤できます』という表示を見たときは、かつてDgSでも起こったディスカウントか専門性かという岐路に調剤薬局も立たされているように思えました。

 今回の改定は確かに薬局での指導や管理に重きをおいた薬局としての努力を必要とするものですが、そもそも真剣にDgSを一流企業に育てたいとおもってこられた先達たちは、流通業としてはもちろん、地域住民の医療や健康生活をサポートする新しい薬局の形態をずっと求めてきたのではないでしょうか。今回、厚労省から求められている地域医療に貢献する薬局ビジョンは、そんな願いとまさに一致するのではないかとおもいます」

 調剤併設型のDgSが一般的になった今、調剤という作業だけなら機械化も進んでおり、正確で手早い調剤をするだけではもはや高い評価は得られない(高い点数はつかない)。

 チェーン薬局に対する評価がさらに厳しくなれば、DgSで調剤をする利便性だけでは薬剤師の人件費を賄うだけの原資を生むことはますます難しくなってしまうだろう。だからこそ、易きに付かずに、今から本来DgSが求めてきた姿である「健康サポート薬局」構築に向けて着手すべきだというのが鈴木教授の主張である。

 

健康サポート薬局

DgSの調剤施設の来局者は健康相談を求めているのか

 厚労省は「患者のための薬局ビジョン」や2016年調剤報酬改定で、健康相談を受け付けたり、受診勧奨したりすることで地域生活者の健康を守る「健康サポート機能」を薬局の重要な機能と位置付け、その機能を有した薬局を「健康サポート薬局」と名付けている。

 鈴木教授は「かかりつけ薬剤師」がDgSで販売や調剤を担当、運営することができるなら、健康サポート薬局は薬局が進化を遂げる起爆剤になり得ると見ている。

 DgSはOTCもあれば衛生用品もあり、環境整備に役立つ殺虫剤、健康を補助するサプリメントから、一般の食品まで揃っている。調剤施設があり、優秀な薬剤師さえいればいますぐにでも健康サポート薬局になれる、もっとも好位置に付けている施設である。しかし、現実にはそこに至るまでには高いハードルがある。

 「私の研究室の学生が、第1類の頭痛薬をどのような人が買っているのかDgSで調査したところ、多くの購入客が薬剤師からの説明は要らないといって薬だけを受け取ったそうです。さらに、医薬品売場でアンケートを取ろうとおもっても来局者はほとんども協力してくれませんでした。DgSのお客さんはDgSに健康相談やコミュニケーションを求めていないわけです。

 家の近くにあって仕事の帰りに寄れる。長時間待たずに受け取れる。遅くまでやっているなど、DgS併設の調剤薬局利用者は利便性に重点は置いていても、薬剤師のアドバイスを本当に必要としているのでしょうか。

 DgSが健康相談する場でなく、便利に調剤してもらう場になっている。便利なことはいいことですが、それだけでは薬局の機能を十分に果たしているとはいえません。これは企業の方針や努力不足もあるが一番は、薬剤師の努力不足が原因だと思います。

 健康サポート薬局になるための環境は揃っているが、地域の生活者が健康相談をする気になれない。そういう雰囲気がない。これが多くのDgSの大きな今日的課題です」

健康相談されるためには薬剤師が「オーラ」を出す必要がある

 アメリカの小売業に併設されている薬局には、医療機関を感じさせる雰囲気が漂っていると鈴木教授は感じている。

 「アメリカで勉強しているときにいつも感じていたことです。ディスカウントストアのウォルマートの薬局でさえ、凜とした医療機関の雰囲気がある。これは、薬剤師が発する『オーラ』のせいだと思うのです。つまり、患者の健康を守るという気概や自覚が薬剤師から感じられるかどうかという問題です。

 私は俗にカリスマ薬剤師といわれるような、患者や生活者から信頼され、頻繁に相談を受けるような薬剤師を何人も知っていますが、彼ら彼女らからはオーラが出ています。OTCの説明を聞いていても引き込まれる。それは相手にとって何がベストかを引き出そうという真剣な姿勢と医療人としての自覚、プライドがあるからです。

 多くのDgSの薬剤師はオーラを発するどころか、利便性の一部に取り込まれている。だから、処方せんを渡しても最低限のことしかしないし、相手もそれしか望んでいない。健康サポート薬局になるためには、まずここを打破しなければいけない。薬剤師がオーラを出す必要があるのです」

まずは、かかりつけ薬剤師を育成することから始まる

 24時間対応や勤務表の提出など、重大な責任を負うかかりつけ薬剤師は、個人レベルでもかなりハードルは高いだろう。加えて、現状の薬剤師不足や人事異動に制約が生まれるなど、人事施策の面でもハードルは高い。

 「さまざまな課題があるので、DgS、調剤薬局チェーンからすぐに『オーラ』のあるかかりつけ薬剤師を多数輩出するのは難しいでしょう。しかし、これは歯を食いしばってやらなくてはいけません。具体的にいうなら、全店でやるのは不可能なので、旗艦店、拠点を決めてその店でかかりつけ薬剤師を育てる。

 DgSの商品知識や店舗運営のことも理解していて、医療の知識もある、地域貢献への意欲もある。そういう薬剤師を探して、旗艦店およびその地域に5年、10年といった長期スパンで根差してもらう。このような人事制度の変更が必要です。当然給与、待遇など何らかのインセンティブは必要です。

 私はそういう地域に根差したかかりつけ薬剤師は半オーナーのような形にして、その薬局の経営を委ねればいいとおもいます。そこで働く薬剤師の採用や地域貢献のプランもその薬剤師が立てる。地域の医療サークルにも入り、在宅医療のメンバーにもなる。

 そういうカリスマ薬剤師が育てば、その企業の薬剤師全体のレベルアップにもつながります。今後は本人の希望や適性で、調剤業務メーンにするか、調剤業務+服薬指導、健康相談も受けるか、あるいは、在宅までやるかかりつけ薬剤師として活躍するか、薬局薬剤師の進路も必然的に分ける必要が出てくるでしょう」

来店客が気軽に利用できる健康サポートエリアが必要

 健康サポート薬局にするために重要なのは、血圧、骨密度、自己採血による健康測定や健康相談が受けられる「健康サポートエリア」を小さくてもいいので店舗内に設けることだと鈴木教授は考えている。

 通常のDgS部分と健康サポートエリアは区画を分けて独立的に配置する。調剤室、待合室とも一体化させ、健康サポートエリアには薬剤師や管理栄養士が常駐し気軽に無料相談を受けることができる。DgSがこれまでやってきた健康相談会などは、非常によいコンテンツなので回数を増やす、内容を拡充するなど発展させたほうがよい。そして、そこには必ず「かかりつけ薬剤師」を配置する。

 また、健康サポート薬局に重要なのは拠点化、どの地域で運営するのか立地の選定である。都市部、駅前などではあまりニーズはないだろう。足元の人口が多い、住宅街立地の店舗、とくに高齢化の進んでいる地域により大きな可能性がある。

1在宅患者1薬局構想 在宅調剤をもっと均等に分担する

 健康サポート薬局は在宅医療への参画も求められている。鈴木教授は在宅の調剤に関して以前から持論を持っている。

 「現在、在宅調剤の担い手不足が叫ばれているのは、ひとつの薬局が20人、100人と大量の患者を抱えているからです。今回の調剤報酬改定で基準調剤加算を算定するには、最低でも年1回在宅調剤を行うことが盛り込まれました。全国に調剤薬局は約5万7,000軒あるといわれていますが、1つの薬局が1人でも在宅調剤を必ず行えば問題は大きく解消します。

偏重している在宅調剤の参画薬局を増やすことで均等化すれば、患者さんのためにもいいし、薬局にも知見がたまるので在宅業務が大きく進化するとおもいます」

将来の薬局・薬剤師の形を決める大事な岐路に立たされている

 鈴木教授は医療経済の授業も担当しており、薬局を含む医療に関するお金の流れにも明るい。そのうえで指摘するのは、かかりつけ薬剤師も健康サポート薬局もそれ自体は、利益を挙げられるプロフィットセンターではなく、むしろ費用としてお金が出ていくコストセンターになるということだ。

しかし、かかりつけ薬剤師や健康サポート薬局が、十分に機能すれば、その企業の評価、ロイヤルカスタマー獲得、そして企業の従業員、とくに薬剤師と何より地域住民に与える波及効果は大きい。その意味では単にコストではなく投資と捉えるべきだろう。

 「うちの薬剤師は、在宅調剤で抗がん剤も調剤して服薬指導する、多職種連携にも積極的で、地域の医療、介護者から頼りにされていて、患者とその家族からの信頼も厚いので看取りも行う。そういう薬剤師がいることの効果は大きい。

 このような薬剤師をそれなりの規模で育成する道は険しいでしょう。しかし、ここは歯を食いしばって前進するしかありません。将来、DgSの一流の薬剤師が在宅医療にも参画して地域包括ケアシステムを担う一翼になれるか、大きな岐路に立たされています。それができなければ10年後、調剤併設のDgSは少数のディスカウント店、あるいはコンビニタイプしか残らない。成功すれば、地域、病院からも信頼され、薬剤師、DgSの地位も上がります。

 今回の改定は薬局・薬剤師が厚労省に試されている。本来、かかりつけ薬剤師や健康サポート薬局などというのは、DgSの方から自分たちで創るといって動き出すべきものです。それを上からニンジンをぶら下げられて、やりなさいといわれている。薬局、薬剤師にとっては恥ずかしいことだと感じます。薬剤師は奮起すべきでしょう」

 たとえば、アメリカでは医療用医薬品でも小売段階で自由に価格を設定できる。技術・指導料はなく、それらは薬価に含まれるという考えだ。価格が高くても技術や信頼があれば患者は集まる。

 日本の場合、薬価は国が決め、原則薬価から利益を挙げるのではなく技術・ 指導料が薬局の収入になる。これは日本独特の調剤制度で、これをどうするかが大きな課題となっている。つまり、薬局の収入源であるはずの技術・指導料が対価に見合っているか世論を含む各界が注目しているといってもいいだろう。

 鈴木教授はこれを打開する手段が、健康サポート薬局の確立だと考える。「DgSにそれができればOBとしてもうれしいし、日本の薬局の形態は変わる。これはチャンスだとおもってぜひチャレンジしてほしい」

 乗り越えれば日本の薬局の形態を変えるかもしれない山が、いまDgSの前にそびえている。

 

変わる薬学部生の考え

鈴木教授は薬学部が6年制になり、教育方針の変更もあったことから、薬学部生の意識、考えは確実に変化しているという。

 「薬剤師のあり方を決定づける要素として教育が果たす役割は大きい。従来の薬学教育で薬剤師は調剤だけをするものだとおもって卒業した学生も多い。意識の高い現在の学生は薬剤師の形を変え得ると期待しています。これからは、既定の答えがない時代、自分たちでぶつかって考えて解決策を見いだしてほしい」(鈴木教授)

薬剤師の職能を広げたい

現在薬局でどのようにしたら患者さんの残薬が減らせるのか、薬局に実際直接出向いて研究をしています。

 大学に入学する前は薬剤師は調剤するだけというイメージしかありませんでしたが、薬局での研究を続けている間に、もっと薬剤師が専門性を高くして、たとえば女性の病気専門の薬剤師とか、患者さんの相談に親身に乗ってくれる薬剤師になりたいとおもうようになりました。医師の信頼を得て処方も任されるくらい薬剤師の職能が将来広がればいいとおもっています。(関谷 茜さん)

生活を大事にする薬剤師

 在宅支援の薬剤師や健康相談の薬剤師に同行していると、患者さんと薬剤師の雑談の中に患者さんの生活や健康状態が見えてくるのをよく感じます。薬剤師の仕事は、薬のことはもちろんですが、生活全般をフォローすることが重要であるとおもいます。薬学部で学んで、薬剤師が「人」を相手にする職業であることをあらためて認識しました。(末松 菜月さん)

意識・意欲の高い薬剤師から刺激

 研究で薬局薬剤師の方とお話しする機会が多いです。電話で話すだけで、意識や意欲が高い先生だなあと思うことがよくあります。薬局薬剤師でも臨床研究に参加したいと思っている方もたくさんおられ、そういうモチベーションの高い方達と触れ合えることはとても刺激になります。

 薬学部は学習内容が膨大で、お会いする先生方のようになれるのか、ちょっと今は不安もあります。(鈴木 理珠さん)

名古屋市立大学大学院薬学研究科教授 臨床薬学教育センター

所在地/愛知県名古屋市瑞穂区田辺通3-1
地域連携・リカレント教育部門 薬学博士・薬剤師 鈴木 匡氏

 

月刊マーチャンダイジングの発行元である株式会社ニュー・フォーマット研究所および関連取材先の許可を得て、転載しております。

転載元:月刊マーチャンダイジング 2016年7月号 28-31ページ
LINE

この記事を書いた人

薬プレッソ編集部

薬プレッソ編集部

薬剤師のみなさんが仕事でもプライベートでも、もっと素敵な毎日を送れるような情報を日々発信しています。

「薬プレッソ」の「プレッソ」はコーヒーの「エスプレッソ」に由来します。エスプレッソの「あなただけに」と「抽出された」という意味を込め、薬剤師の方に厳選された特別な情報をお届けします。

「プレッソ」にはイタリア語で「すぐそばに」という意味もあります。編集部一同、薬剤師のみなさんと伴走しながら、みなさんの「もっといい人生、ちょっといい毎日」のために「ちょっといいメディア」にしていきたいと思っています。

あなたにおすすめの記事

転職事例