専門家の視点 介護事業経験者の視点 – 薬剤師は薬と同等に人、生活を見ることが重要 成長のためには、同じ職種で学び合う場をつくるべき【月刊MD】 – 薬プレッソ

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専門家の視点 介護事業経験者の視点 – 薬剤師は薬と同等に人、生活を見ることが重要 成長のためには、同じ職種で学び合う場をつくるべき【月刊MD】

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現在、高齢者を対象とした学術研究とビジネスをマッチングさせる事業を主に手がける(株)エイジング・サポート代表取締役で東北大学加齢医学研究所のスマート・エイジング・カレッジで事務局長も務める小川利久氏。前職は特別養護老人ホームの「カリスマ的」施設長で、利用者の福祉向上は当然のこと、収益性の改善にも辣腕を発揮して、各方面から注目を集めた人物である。長年にわたる高齢者介護&シニアビジネスの現場経験を持つ小川氏に、薬剤師の課題や今後の役割などについて聞いた。

▼目次

 

薬剤師の課題

介護、在宅医療の現場では薬剤師に期待と批判が同居

いまも地域医療関係者、在宅医療関係者との接点が多い小川氏に、在宅医療に関する薬剤師のニーズに関して聞いた。

「診療報酬の改定で、長期入院できなくなり、患者さんはどんどん自宅や施設など地域に帰される。その患者さんを、医師、看護師、ケアマネ、介護職などさまざまな職種の人たちが連携し合って支える必要があります。薬剤師にもその連携の重要な部分を担ってほしいというニーズは近年高まる一方です。同時に、厳しい声があることも確か。調剤だけするようないまの働き方なら薬剤師は要らない。医療業界全体としてムダな薬が多く、これを減らす努力をしていない。この2つを解決することが薬剤師に対する大きな期待だとおもいます」(小川利久氏、以下同)

小川氏が以前特別養護老人ホームの施設長をしていたときに実際に起こった事例は薬剤師の課題を浮き彫りにするものだった。

「入居者さんが飲む複数の薬を分包して配達してくれるのですが、看護師が間違った薬が調剤されていることを見つけて薬局に注意しました。数日後また同じような間違いがあった。薬剤師を含む、管理職数名が施設に謝罪に来て、対策を検討したのですが、結局5回ほどミスが発生して、薬局を変更しました。例外的な事例で、当然この一件だけで薬剤師すべてを語ることはできません。私がいた施設でいえば、高学歴ではない介護職たちが懸命に入居者の命を守るために頑張っているわけです。頭脳明晰で難しい国家試験を合格した薬剤師が1回ならずとも同じような間違いを繰り返す。これは、薬だけを見て、患者を見ていない、自分の調剤した薬がどのように患者を救うのかに関心がないから生じるミスではないかとおもいました」

厚生労働省も「対物業務から対人業務へ」と訴えている。調剤薬局、ドラッグストア(DgS)は今後薬剤師の対人意識を高めるための教育・研修が一層必要となる。

 

人、生活を見ることの重要性

相手に合った処方でなければ薬はときとして「悪さ」をする

 小川氏が施設長を務めていた特別養護老人ホームの入居者の95%が認知症患者であった。認知症と一言でいうが、認知症は発症の原因や症状によって「アルツハイマー型」「レビー小体型」「ピック病」「脳血管性」の4つに分類できる。治療薬もそれぞれ異なる。

「私は長年、要介護度を決定する介護認定審査員を務めていました。審査の際に主治医の意見書が上がってくるのですが、そこに『認知症』とだけ書いてある場合は要注意です。認知症というだけでは正確な判断はできず、どのタイプか特定してはじめて適切な介護認定ができます。

また、多くのケースでは認知症=アルツハイマー型とみなされ、ある特定の治療薬が処方されています。しかし、アルツハイマー型は認知症の55%にすぎません。またこの特定の治療薬は、服薬すると当初は効果があるのですが、時間経過とともに効果がなくなることが臨床症例上わかっています。しかし、増量規定という条件があり、服薬量は増やしてもいいが減らすと保険適用外になる場合もあるので、多くの医師は効かなくなると量を増やします。その薬は精神の落ち込みを上げるような効果があるので、量を増やすと暴れたりする副作用も多く見られるのです。入居者や介護スタッフにとっては深刻な問題になります。

 利用者の95%が認知症という特別養護老人ホームにとっては大問題なのです。ですから、私が施設長のときは、認知症の入居者の服薬状況、健康・生活状態を見て、知識がないなりに、いろいろ調べたり聞いたりして、対処の仕方を検討していました。入居者や職員を守るためには、疑義があったら医師に施設の方針を説明して、この薬で大丈夫か確認する。場合によっては別の医師に第2の意見を求めたうえで利用者のケアに入る。それぐらいでなければ入居者を守ることはできません」

 上記で語っている小川氏の仕事は本来なら薬の専門家である薬剤師の務めである。しかし、その現場に薬剤師はおらず、施設長である小川氏と看護師や入居者の世話をする介護職員が角突き合わせて薬剤をチェックする。

薬は成分により特定の効能はあるが、どの程度の効能を発揮するかは相手の状況によって異なる。上記の例は医師の処方どおりに薬を調剤して提供するだけでは、必ずしも薬剤本来の目的である患者を治癒する、症状を和らげるということにはつながらないことを意味している。

 実際に処方された薬が「悪さ」をする事例を小川氏は何度も経験しており、処方する相手、そしてその生活(BPSD/行動や心理の症状)を見ることの大切さを骨身に染みて知っているのだ。

「だれも人を不幸にするために薬を出す人はいないし、薬そのものが悪いわけでもありません。しかし、人を治療するために調剤した薬が効かない、もしくは副作用がでることは実際には起こります。これを防ぐためには薬の専門家である薬剤師が人、および生活をよく見て判断するしかないのです。ときには医師と戦うことも求められます。それはいまの薬剤師には難しいことでしょう」

 小川氏のいうように多くの調剤薬局、DgSが医療機関の下請け的になっている現状では、薬剤師が患者のために医師と戦うことは難しい。

相手に合った適切な服用で薬ははじめて効能を発揮する

 小川氏は、薬剤対人の関係を介護保険の「栄養マネジメント加算」を例に説明してくれた。介護保険では「栄養マネジメント」という加算項目があり、これは、栄養士が要介護者の健康状態、栄養状態を考えてつくった食事を食べさせることができると加算される項目である。

 いくら栄養を考えてつくった食事でも相手が食べないことには意味がない。そのためには要介護者がどういう状況なのか、咀嚼できるか、食べる姿勢やスプーンを口に持っていく腕の筋力など、相手の身体状況を知る必要がある。直接見聞きできない場合は、介護職員や看護師に聞き取りし、情報を得る必要がある。

 薬もまったく同じで、調剤するだけでは真の意味はない。それが相手の状況に合い、正しく服用されはじめて期待した効能が発揮されるのだ。おそらく、こういったことは薬学教育でも、企業研修でも周知されたことであるはずだが、現状それが十分にできていない。それ故に冒頭紹介した小川氏の発言にあるように「薬剤師は現場に出てくること」「ムダな薬を減らす課題の解決」といった期待につながっている。

現場では厳しい意見と期待が出ていることに薬剤師もいま一度襟を正すべきだろう。

 

在宅医療における多職種連携

志を同じにする者同士ともに学び合うことが大切

薬剤師に対する厳しい意見があるのと同時に、薬剤師の在宅医療への参画が望まれているのも冒頭紹介したとおりだ。

「私たちが主催する在宅医療・ケアや認知症ケアなどのセミナーに、意識の高い薬剤師の参加が増えています。かかりつけ薬剤師だという人にも何回か会いました。在宅医療に参加したい薬剤師は確実に増えていると感じます。しかし、現場で実務に携わった立場からいうと、多職種連携の輪に入るのは正直難しい。医師、看護師、介護職、家族たちと本人に関する意見を出し合い、ときには意見を問われます。本人、生活をよく見ていないと答えられません。薬剤の知識だけではどうにもならないのです。私たちの仲間の看護師たちは『生活を支える看護師の会』という在宅医療や介護施設に携わる看護師の勉強会を立ち上げています。たとえば『生活を支える薬剤師の会』というのをつくって、看護師とも情報交換しながら、薬剤師同士が学び合う場をつくればいいのです。

 他の職種から教えられることもありますが、同じ職種で学び合う場を持つことでその領域は大きく成長する。ぜひ薬剤師も志ある人同士の横の連携で地域に貢献してほしいと期待しています」

 小川氏が実体験を通して薬剤師に希望することは終始一貫、人、生活を見て欲しいというものである。これは「対物業務から対人業務へ」という言葉で厚労省からも強く要請されていることである。この課題にどう立ち向かうかで薬剤師の価値も決まるだろう。

株式会社エイジング・サポート

本 社/東京都北区東十条3丁目13-17  グランコート東十条101号室
代表取締役 小川 利久

 

月刊マーチャンダイジングの発行元である株式会社ニュー・フォーマット研究所および関連取材先の許可を得て、転載しております。

転載元:月刊マーチャンダイジング 2016年7月号 26-27ページ
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薬プレッソ編集部

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