「薬剤師の能力開発」の本質─処方箋応需と地域医療参画の間をいかにつなぐか─【月刊MD】

この場合の能力開発とは、 薬剤師という医療人たる資格者が、地域社会における小売業でありヘルス&ビューティという業態特性を持つドラッグストアの中でどのように高いモチベーションで生かされていくべきかというものであった。
しかしともすれば、日常業務としての正確かつ迅速な処方箋応需業務に忙殺される中で、たとえば在宅医療のチームの一員として本来の薬剤師の知識と知見を生かした患者、医師への積極的な貢献の道はなかなか開発されてこなかったのではないだろうか。
もちろん日常業務も在宅医療への貢献も、ともにドラッグストア企業にとっては大切な業務であり、いまその両者の間に横たわる深い溝を埋めていく取組みがドラッグストア企業に求められている。地域における未病・予防の拠点となる「健康サポート薬局」という耳当たりのよいお題目と「あるべき論」だけが独り歩きすることなく、2つのビジネスの根幹をつなぐ方法を、事例を通して探っていく。(月刊MD GM 宮﨑 文隆)
薬局とドラッグストアの「互性・活真」を図る
処方箋応需業務と在宅医療におけるチーム医療への参加の間に横たわる深い溝とはなんだろうか。
前者はドラッグストア企業における調剤部門の核であり、薬価は改定のたびに年々切り下げられているとはいえ、相対的に高い利益率をもたらす、ドラッグストア企業にとって重要な部門である。またスーパーマーケット、コンビニエンスストアといった他小売業態との差別化を図るための武器、別の表現をすれば「目的来店性」をつくる核部門である。 後者は、前者に比べて直接的な利益部門ではないにせよ、地域医療に関与し、医師、看護師といった医療人とのコミュニケーションを通してドラッグストアの信頼を高めていくものである。
平たくいえば、前者は短期的なサイクルで仕事の評価がなされ、後者は長期的なサイクルとなる。ゆえにこの2つは分けて考えることが多い。よってDgS企業組織内においても薬局は店舗開発、オペレーション、採用人事に至るまで聖域化され、薬剤師自身も一般物販を担うドラッグストア部門との相乗効果を図っていくという発想を持たない状況が生まれやすくなる。
他方、ドラッグストア(一般物販)の方も、薬剤師の存在を店舗(薬局)開設の条件、処方箋応需のため頭数を揃えるだけにとどまり、その経験、知識を生かし地域社会においてその実践能力を開発してビジネスベースにのせるという取組みは極めて限定的であった。
しかし本来、薬局とドラッグストアは共通の水脈を持ち、「互性活真※」、互いがよく作用しあい、成長のエンジンとなっていけるかどうかが経営上重要な課題となる。この課題に積極的に取り組んできたのが、北九州に強固なドミナントを築く「サンキュードラッグ」である。同社の平野健二社長は、米国に学び、ドラッグストアにおける薬局、そして薬剤師のポジショニングをどう日本という環境下においてビジネス的に適合させ、地域においてかけがえのない価値を提供していくかというテーマについて試行錯誤を重ねてきた。まずは同社の事例を取り上げていこう。
※江戸時代の思想家安藤昌益の言葉。異なる性質のものが互いに作用し合うことで新たなエネルギーを生み出す意。
サンキュードラッグの取組み〜薬物治療の経過、結果責任を負う仕組み作り〜


サンキュードラッグでは、4年前から開始した薬剤師の能力開発プログラム (以下アカデミー)が大きな効果を発揮し始めている。同社はドミナント形成の核として医療機関 、各種介護関連施設を誘致したコンプレックス(複合施設)と呼ばれるフォーマットを開発しており、そのうちのひとつである桃園薬局において在宅 医療を開始したのがきっかけである。同敷地内にある集合住宅型の老人ホームへ、同じく敷地内にある医療機関の医師が往診する際、同薬局の薬剤師が同行。当初は医師と同行し、医師の後追いで薬物治療にかかわっていた。
しかし、同行するうちに、医師の訪問前に患者のバイタルチェックとモニタリング情報を提供すれば、医師の次回訪問時の仕事がスムーズかつ効果的に進むことを発見し、そのように切り替えたところ、医師、患者双方から感謝されたという。
たとえば、上が200の高血圧の患者に対して、薬物投与によって2週間以内に140に下げたい場合、仮に180になったとしても本来医師が期待した効果、結果ではない。この数字を期待どおり140にするためには薬物治療の観点からどのような再提案が可能か、つまり薬物治療に対する結果責任を負うことを薬剤師の今後のポジションとして再定義したのである。

そのためには、薬剤師は聴診器を患者の身体に当て、血圧を測り、採血をして薬物の血中濃度を測ることが求められる。そして患者の普段の生活の詳細状況を引き出し、医師の診断に必要な情報をピックアップし、整理する。
ある患者は、血圧の薬が変わった後、食事後のもやもや感に悩まされ、はなを かむたびに吐き気をもよおすようになった。医師は逆流性食道炎ではないかと 診断したが、薬剤師は、薬が原因ではないかという観点でモニタリングした。血圧を下げる薬(血圧降下剤)はいくつか種類があり、そのとき処方された のは平滑筋の弛緩を促すもので、場合によっては吐き気を催してしまうこともある。これに対して血圧を上昇させてしまうホルモン分泌を阻害する薬に変更したところ、吐き気は収まり、血圧も下がったという。
しかし、薬の効果は血中濃度の問題もあり、1週間では効果が出ず、2週間の経過観察が必要であった。この結果が出るまでの2週間を医師に提言して任されるか否かが薬剤師の信頼感であり、真のブランドにつながっていく。

アカデミーのリーダーであるサンキュードラッグの人財育成部地域医療連携推進課長の高橋俊輔氏は、次のように話す。
「当初は、患者情報のつかみ方も浅く、患者の方から(処方された薬を飲んで)あなたのせいで眠れなくなったという文句も出てしまいました。しかし医師の、これは本当に役立つことなのでやりましょうという言葉に励まされ、知見を積み上げることができました。脳梗塞、心筋梗塞を未然に防ぐ血栓塞栓症などに使用するワーファリン(抗血液凝固薬)などもよく処方される薬ですが、これは効かないと血栓ができてしまいますし、効きすぎると血が止まらなくなります。つまり、その患者にちょうどよい効き方をするように使用量を決めていくためにはモニタリングが不可欠です。こういう話を薬学生の前ですると、目をきらきらさせながら聞いてくれます」
このように、薬剤師の事前訪問によるフィジカルアセスメントの重要性を認識している。同社が立ち上げた2ヵ月のサイクルで基礎技能を習得するアカデミーでは 現在32人が受講しており、4人のファシリテーターが選抜される。当初フィジカルアセスメントのための機器を使いこなしたり、実際患者の身体に触れることには薬剤師の中にも抵抗感があったが、同社在籍薬剤師約140人中、90%以上の薬剤師は1年目から自己採血のサポートなどができるようになる。
フローラ薬局の取組み〜皮膚科との連携で化粧品のパッチテストを行う〜

もうひとつの事例を挙げよう。フローラ薬局では、地域の皮膚科医からの依頼で、化粧品のパッチテストを行い、化粧品選びのサポートを行っている。パッチテストとは、化粧品に含まれる成分が接触皮膚炎(かぶれ、かゆみなど)を引き起こす場合、どの成分がアレルギーの原因になっているかを特定、確認するものである。アレルギー性皮膚炎は、個人の体質や体調などに由来する場合が多く、薬剤師による知見を皮膚科医にフィードバックしてより正確な診断のための情報を提示することが可能だ。
同薬局代表の篠原氏は、以下のように説明してくれた。
「旧薬事法では医薬品 、医薬部外品に加えて化粧品もその範疇でした。 2001年4月より化粧品の全成分表示が義務化され、消費者もアレルギー性皮膚炎に関してもより正確な情報提供を求めるようになりました。ですが、一般の美容部員の方はパラベン(防腐剤)やラウリル硫酸ナトリウムなど界面活性剤の種類と化学式で説明される内容については、なかなか勉強する機会がありません。人体に対する化学反応 を化学式で解析できるのは薬剤師の職能です。以前、ある石鹸に含まれていた成分が小麦アレルギーを引き起こした問題が生じましたが、われわれはパッチテストによって問題になる以前から皮膚科医の先生に情報を提供していました」

パッチテストは本来セルフチェック用のキットで、皮膚科医が使用する場合は背中で行うが、同局は皮膚科医の依頼があった場合、上腕部分で行う。現在使用している化粧品はもちろんのこと、日焼け止めやシャンプー、毛染めなど普段肌に直接触れるものを希釈した溶液をつくり(シャンプーの場合は10倍)、肌に塗って、その上にシールを貼る。シールはビニールコーティングされており、番号をふってどれがどの製品かわかるようになっている。そして貼付してから48時間後にチェックし、皮膚科医にフィードバックしている。
パッチテストはセルフメディケーションの一環であり、薬剤師はそのサポートを医師の依頼の下、知見を積み重ね、 医師の診断のデータベースをつくることができる。
薬剤師不要論にモノ申す
ドラッグストアにおける薬剤師の能力開発について、業界に先駆けて取り組んできたサンキュードラッグの平野社長はこう話す。
「逆説的ですが、『薬剤師の能力開発』という言葉自体が実はものすごく、何か大変な ことをやらなければいけないというように、ハードルを高くしてしまってきたのかもしれません。われわれは定期的にこの問題について米国で先行してきたワシントン州立大学のドン・ダウニング教授を訪問し、レクチャーを受けていますが、本来薬剤師が薬物治療について結果責任を負うこと、 経過について適切なアドバイスを医師に行うのは当然のことであり、そのためには何が必要なのか、何が欠けていたのか。この理論と実務をフォローすることで本来の薬剤師の形にするのが、いまドラッグストアにとって大切なことではないかと考えています」
今後ますます増加する在宅医療において、医師の訪問に先駆けてバイタルチェックを行い、再処方提言をするのは、当然厳しい責任を負うことであるが、薬剤師の本来の自覚を促すとともに、モチベーションにもつながる。現在サンキュードラッグでは往診前訪問によって得られた情報に基づく処方提案の採用率が8割を超えたという(桃園薬局)。これは医師の処方が誤っていたのではなく、薬剤師が薬物治療の経過を見るようになってより適切な処方を行うことができたという実績を示すものである。千葉市の国家戦略特区に指定された地域では、ドローンによる医薬品宅配の実験も行われている。医薬品の応需に関して、薬剤師の関与を最小限にして利便性、経済合理性を追求する取組みが国家プロジェクトとして開始されている現実にドラッグストア、薬局、そして薬剤師は何を感じるだろうか。
わが国における医薬品卸物流の第一人者は、冗談めかしてこう言う。
「ある日突然、物流センターの駐車場がドローンの駐機場になってしまうことは大いにあり得ます。病院内に設置された端末、あるいはコンビニ端末、そしてスマートフォンで直接薬剤師から受け取りたいか、ドローンで自宅に届けてもらいたいかを選択する。ドローンオーダーする際も、AIによってオーダーが適切であるかを判断し、それでも薬剤師に問い合わせがある場合、テレビ電話で確認する…。受け取るだけなら現在のテクノロジーで安全性を担保しつつ利便性についてどこまでも合理性を追求できるでしょう」
薬物治療の経過観察、結果責任は、医薬品を受け取った後の薬剤師の関与であり、ここはまさにまだAIが関与できない範疇だ。「まだ」というのは、今後のAIの進化によっては、これら症状別の薬物治療の事後経過と結果もデータベース化され、最適な選択ができるよう医師の処方箋判断をサポートするシ ステムが早晩生まれてくるだろう。そのデータベースそのものを構成する知見を積み上げ、アップデートしていかなければ、いま流行の表現を使えば、薬剤師の仕事もまさに「AI」に置き換えられる。
店舗はバイタルチェックの「接点」
冒頭、店舗の日常業務(処方箋応需、OTC販売)とこの薬物治療に対する経過観察、結果責任をつなぐものは何かという問いを立てた。サンキュードラッグの高橋氏は、薬物治療の経過観察をするにあたって店舗の応対業務がますます重要になってきたという。
「患者さま自身が来店されたり、ご家族の方がドラッグストアによく買物にいらっしゃいます。そのときに顔色や食欲、排泄について伺ったり、倦怠感などの状況を聞いたりします。経過観察をすればこそ、この患者さんとの接点が増えるというのはとても大事なことだとおもいます。ですから、店舗の窓口で処方箋を お渡しした後、お客さまに電話で残薬 の確認などを行いながらそれとなく状況をお伺いするという行動につながっています。また、OTCを購入されたお客さまが次に来店されたときにもお声掛けできるようになりました」
このように、店舗における顧客接点の重要性を認識している。フローラ薬局の篠原氏も同様だ。同薬局にはドライブスルー調剤を設けているが、これは利便性だけを追求するのではなく、なかなか家の外に出るのが大変な患者、店舗の中まで入ってこられない患者の顔色や血圧を図るための「接点」をつくる目的がある。ドラッグストア店舗と薬剤師の「互性・活真」をいかに図っていくか。この2つの事例が示している。