第12回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「薬草と知恵ある女たち」

皆さまは薬草と人間のつながりについて考えたことはございますでしょうか。本連載では、ドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。今回は「薬草と知恵ある女たち」のお話です。

はじめに

医師であり錬金術師でもあったスイス人のパラケルスス(1493-1541)は近代医薬学の祖とも言われています。彼は、薬学の近代化にあたって古いものは排除しなければならないと主張しましたが、しかし、長い年月をかけて積み重ねてきた女たちの経験と知識を見過ごしてはならないと言っています。この「女たち」とは特に薬草による民間療法や出産に携わってきた女性です。このような「知恵ある女性」について紹介したいと思います。

病人に薬を与える医師とみられる女性(17世紀中頃の絵)

産婆

産婆(今の助産師)はかつて妊婦が無事出産するまで精神的にも肉体的にも手助けをし、ときには生まれた子の名付け親にもなって子どもが成人するまで後見人のような役目をしました。産婆はとても重宝されていた「知恵ある女」でした。

分娩を助ける産婆(16世紀初期の絵)
産婆は妊婦の不安な気持ちを鎮め、安眠でき、分娩に備えるために万全を尽くしました。まだ化学薬品のない時代ですから、産婆は薬草の助けを借りたはずです。どのような薬草をどのように使ったかは具体的にはわかりませんが、鎮静効果の強いセイヨウカノコソウ(英語バレリアン)の根やレモンバーム(シソ科)をお茶にして勧めていたのかもしれません。

セイヨウカノコソウ(オミナエシ科)
また、ヨモギは女性の身体にとてもよい薬草として古くから知られていました。産婆はヨモギが子宮を広げ、陣痛を促進する効果のあることを知っていたでしょう。実際、妊娠初期にヨモギを大量に摂ると流産の危険もあるので気をつけたほうがいいと言われているようです。

ヨモギ(キク科)
お産が終わってベッドで休息する産婦、分娩の始まった妊婦、新生児のお兄ちゃんやお姉ちゃんもいる。産婆たちは大役を済ませてささやかな宴を楽しんでいる。そんな女たちだけの産室を描いた絵が残っています。

産室の様子(16世紀頃)
14世紀頃にドイツでも大学が創設されましたが、女性は入学できなかったので、産婦人科は男性の手に渡るようになりました。やがて産婆は男性医師の補助的な役割を担うだけの地位に落されてしまいました。
現代の日本では助産師国家試験によって助産行為の専門職として働くことができます。この試験の資格は女性だけということです。医療行為はできないにしても、産婦に寄り添う現代の「知恵ある女性」ですね。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン

12世紀のことですが、ライン川流域(ドイツ)を主な活動の場としてきた尼僧院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)は植物だけでも230種類を取り上げ、その薬効(予防や治癒力)について詳しく述べた本を書きました。これは『聖ヒルデガルトの医学と自然学』というタイトルで翻訳(井村宏次監修、聖ヒルデガルト研究会/ビイング・ネット・プレス発行)されています。

『聖ヒルデガルトの医学と自然学』表紙
ヒルデガルトは植物の力は神の御業の一つであると信じていました。ですからその立場で記述しているので、現代の薬学や医学の本とはかなり違います。しかし、それは脇に置いておき、読んでみるととても面白いのです。いくつか抜粋してみましょう。

・ラベンダー(シソ科):食べても特に効果があるわけではないが、強い芳香を放つ。またシラミがわいている場合はラベンダーをたびたび嗅ぐようにするとシラミは死んでしまう・・・

ラベンダー畑(富良野/北海道)
・ヤネバンダイソウ(ベンケイソウ科):生殖器官が健康な男性がヤネバンダイソウを食べると、性欲に火がついて狂ったようになってしまう・・・

ヤネバンダイソウ
・ホップ(アサ科):人のメランコリーに拍車をかけ、悲しい気持ちにさせ腸を重くするなど人間の役にはあまり立たない。ただし、ホップの苦みは飲料を損なう物質を抑制するので、添加すると飲料を長持ちさせる。

ホップ
ヒルデガルトは修道院建設や説教旅行など尼僧としての活動だけなく、自然界についての著作、聖歌の作曲や戯曲など多方面に才能を発揮したまれなる女性でした。当時、彼女が伝えた薬草の治癒力は高く評価されていたようですが、その後、彼女の活躍は歴史に埋もれてしまいました。1970年代になって彼女の業績が再評価され、ヒルデガルト・ルネッサンスという言葉まで出来、彼女の記念切手も発行されました。そしてヒルデガルトの述べていることは実際に有効なのだろうかという研究がなされるようになりました。ヒルデガルトは今では薬草を扱う世界の大先輩とみなされています。

ヒルデガルトの命日(9月17日)には道端にこんな祭壇が設けられていた(アイビンゲン/ライン河畔の町)

ヒルデガルトの記念切手

薬草魔女

ドイツの町を歩いていると、「薬草魔女の店」という看板を目にすることがあります。日本でもしばらく前から薬草関係の本やネットなどに「薬草魔女」という言葉が出てくるようになりました。

薬草魔女の店(バート・ヴィンペン/バーデン=ヴュルテンベルク州)

薬草魔女の店(シュトゥットガルト/バーデン=ヴュルテンベルク州)
南ドイツにガブリエレ・ビッケルさんという薬草を扱う店を経営している女性がいます。彼女は魔女迫害の時代に薬草を扱って魔女にされた女たちのことを考えて、あえて自ら薬草魔女と名乗るようになったのです。彼女が主催している薬草ツアーに参加したことがあります。参加者の多くは女性の薬剤師でした。また精神的な不安を鎮める薬草についてビッケルさんに相談する女性もいました。今年久しぶりに参加しました。歩きながら道端に生えている草を示し、それがどんな効能を持っているのか丁寧に説明してくれます。身近にある野草こそ薬誕生の原点なのだと思いました。

ガブリエレ・ビッケルさんの店(マウルブロン/バーデン=ヴュルテンベルク州)

道端の薬草について説明するビッケルさん
魔女と言う言葉には魔法とかパワーという言葉を連想させるようです。しかし薬草を扱う女性がパワーを持っているのではなく、薬草そのものがパワーを持っているのです。そのパワーを引き出せるのが「知恵ある女性」なのです。あるときビッケルさんと同じような仕事をしている女性を紹介されたことがありました。私は考えなしに「あなたは薬草魔女(クロイターヘクセ)なのですか」と尋ねました。すると「いいえ、私は薬草摘みの女(クロイターフラオ)です」と言われてしまいました。多くの人が魔女として迫害された歴史があったことを思うと、安易に魔女と言う言葉を使うのは考えるべきだったと思いました。ビッケルさんのように暗い魔女の歴史をポジティブなものに変えていく人もいるし、伝統的な「薬草摘みの女」の立場を大切にしている人もいますが、両者ともに薬草にかかわる「知恵ある女」なのです。

おわりに

自然は自然のままに存在しているのに、それが人間にとって恵みとなったり災いとなったりします。人間が自然を支配することなどできるのでしょうか。自然の力は人間の存在など簡単に飲み込むほど強力です。その自然と上手に共存しなければなりません。それが人間の知恵なのでしょう。

西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。

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