第11回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「ヴァルプルギスの夜(魔女と悪魔の宴)と薬草」 – 薬プレッソ

西村佑子先生が語る「薬草と人間」

第11回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「ヴァルプルギスの夜(魔女と悪魔の宴)と薬草」

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皆さまは薬草と人間のつながりについて考えたことはございますでしょうか。本連載では、ドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。今回は「ヴァルプルギスの夜(魔女と悪魔の宴)と薬草」のお話です。

ヴァルプルギスの夜(魔女と悪魔の宴)と薬草

ヨーロッパには「ヴァルプルギスの夜」という伝説があります。4月30日の夜に悪魔と魔女たちが集まって宴を催すというのです。特にドイツの「ヴァルプルギスの夜」が有名です。17世紀にドイツの民俗学者プレトーリウスが『ブロックスベルクの仕業』という本で紹介しました。それによると、宴はハルツ山地(ドイツ)の最高峰ブロッケン山の山頂で行われたということです。19世紀になってドイツの文学者ゲーテの戯曲『ファウスト』にこの
様子が描かれて広く世界に知られるようになりました。今回はこの夜と薬草とにどんな結びつきがあるのかということについてお話します。

ブロッケン山頂(1142m)

昔のブロッケン(銅版画1732年):空を飛んでいる魔女が点々と見える

「ヴァルプルギスの夜」のイメージ(『ブロックスベルクの仕業』の挿絵)

魔女はどうやってブロッケン山にやってきたのか?

魔女は悪魔に会うために空を飛んでやってきました。ホウキに乗って?もちろんホウキにも乗りますが、動物、特に雄ヤギに乗っている絵が多く描かれています。では空飛ぶ雄ヤギやホウキはどうやって手に入れたのでしょうか。じつは飛ぶための道具など必要なかったのです。ある種の軟膏を身体に塗ればよかったのです。この「飛行用軟膏」のレシピがいくつか残っています。主な材料は薬草でした。

反対向きで雄ヤギに乗る魔女(ハンス・バルドゥング・グリーン「森の中の魔女」一部分/1510年頃)
反社会的存在だった魔女は何でも反対なことをする

動物やテーブルにも乗って飛ぶ魔女(『徳の華』/15世紀後半頃の写本挿絵)
魔女は決して女性だけではなかった

魔女の飛行用軟膏

魔女の由来とその歴史について伝えることはとても難しいことです。魔女の正体は時代によって異なるからです。ここで紹介する「魔女の飛行用軟膏」は、15世紀から17世紀にかけてヨーロッパ中に吹き荒れた魔女迫害の中で生まれたフィクションの産物だったのです。
当時、多くの人々(老若男女)が魔女として裁判にかけられ、拷問によって悪魔との関係を強制的に自白させられました。もちろん誘導尋問だったのですが、軟膏を身体に塗って空を飛び悪魔に会いにいったという裁判記録が残っています。その軟膏は悪魔にもらったとか、作り方を教えてもらったと供述しています。

悪魔の情婦とされた魔女(モリトール『魔女と予言者について』の挿絵。1495年頃)

「バスク地方の魔女」(作者不詳1610年頃) 

「魔女」(ハンス・バルドゥング・グリーン画1514年)
魔女はこんなにいやらしいというイメージを植えつけた代表的な絵

「魔女の飛行用軟膏」のレシピに載っていたと伝えられている薬草を挙げてみます。
ドクムギ、ヒヨス、ドクニンジン、ケシ、トリカブト、アサ、ベラドンナ、チョウセンアサガオ、イヌホオズキ、イヌサフランなどです。
これらを見ると、幻覚症状や浮遊感覚をつくりだす成分をもった毒草が主だということがわかります。ハシシュやマリファナの基になるアサ(アサ科)。アヘン、モルヒネ、ヘロインの基になるケシ(ケシ科)。これらは恐ろしい有毒植物として良く知られています。全草猛毒をもつトリカブト(キンポウゲ科)や神経を麻痺させるチョウセンアサガオ(ナス科)も馴染みのある有毒植物ですね。

トリカブトの花

チョウセンアサガオ(ダチュラ)の実

ヒヨス(ナス科)も「魔女の軟膏」の代表的な薬草です。アルカロイド(ヒヨスアミンやスコポラミンなど)が副交感神経や中枢神経に作用し、酩酊感や幻覚症状を起こします。日本では薬用植物園で見かける程度かと思いますが、ドイツでは森などに自生しています。果実を包んだ茶褐色の萼が茎に並ぶ姿はいかにも不気味に見えます。

ヒヨス

萼の中に猛毒の果実が見える

ベラドンナ(ナス科)も「魔女の軟膏」に欠かせない薬草です。ベラドンナは「美しい貴婦人」という意味ですが、学名のアトロパ・ベラドンナのアトロパは未来の糸を断ち切る女神(ギリシャ神話)アトロポスから来ています。なんと凄すぎる名前でしょう。
ベラドンナの実は光沢のある暗黒色をした丸い形をしています。美味しい黒飴のようで、つい口に含んでみたくなりますが、副交感神経を麻痺させるアトロピンを含んでいて、10粒も食べたら死に至るという恐ろしい薬草です。
しかし、このアトロピンは瞳孔を開く作用をもっていて、眼の手術には欠かせないものです。ただ、散瞳時間が一週間くらいと長いので、今は簡単な眼の検査ではトロピカミドという点眼薬を使っているようです。

ベラドンナ

「運命の女神たち」(フランシスコ・デ・ゴヤ1819~1823/プラド美術館所蔵)
ハサミを掲げたアトロポス(右)。中央は運命の女神に捕えられた男と推測される

魔女の軟膏のレシピには新生児の肉も載っています。軟膏を塗りやすくするための油脂の代わりだったようです。なんと恐ろしい妄想でしょう。

赤子を煮る魔女(グアッツォ『魔女要論』挿絵。初版1608年)

20世紀になって学者たちがこれらの薬草を使って軟膏を作り、身体に塗った実験を行いました。結果はみな同じような幻覚や浮遊感を体験したそうです。その効果は強烈で、自分は間違いなく空を飛んで悪魔に会いに行ったと言い張る被験者もいたようです。

この夜の宴はどんなだった?

こうして空を飛んで山頂にやってきた魔女たちは悪魔の前でこの一年間どんな悪いことをしたかを報告し、カビの生えたパンや塩なしパンを食べて、そのあと水浴したり踊ったりし、5月1日を告げる一番鶏の鳴き声が聞こえると全員姿を消したと伝えられています。

食卓を囲む魔女たち(モリトール『魔女と予言者について』1496~1500年頃)

水浴する魔女たち(レッテルブッシュ画集「ブロッケン山」1929年頃)

魔女と悪魔の宴(絵葉書より)

現代のヴァルプルギスの夜

4月30日はもともと冬の魔を払って春を迎える民間行事だったと考えられます。人々は自分たちが信仰してきた古代の神々に良き春の訪れを祈ったのです。しかし、キリスト教の社会になると、そのような神は異教の神として排除されてしまいました。こうして、「ヴァルプルギスの夜」は反社会的な悪魔と魔女の宴(黒ミサ)の夜にされてしまったのです。
このように忌まわしい歴史を持つ「ヴァルプルギスの夜」ですが、20世紀初頭には新しい春迎えの行事として復活します。今ではハルツ地方の50に上る市町村がこのイベントを楽しんでいます。4月30日の夜になると魔女や悪魔に扮した人々がドイツ中からブロッケン山のふもとの町に集まります。会場には舞台が設営され、音楽が演奏され、食べ物や飲み物を売る屋台も出て、夜中まで大賑わいです。町の土産物屋にはたくさんの魔女人形も売られています。私は毎年この夜を楽しみにしてハルツ山地に出かけています。

いざ、ブロッケン山へ出発!(始発駅ヴェアニゲローデ)

土産物屋の店先で(ゴスラー/ドイツ)

ソーセージの屋台(シールケ)

おわりに

悲惨な魔女迫害とむすびついた恐ろしい「魔女の薬草」ですが、これらの薬草は使い方によっては人間の命を助ける力を持った有用な植物です。来月はその上手な使い方を知っていた女性たちについての話です。

西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。

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薬プレッソ編集部

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