【第九回】民事責任における因果関係と損害 - 薬剤師が知っておくべき調剤過誤にかかる法的知識 – 薬プレッソ

薬剤師の法律のイロハ|赤羽根弁護士

【第九回】民事責任における因果関係と損害 - 薬剤師が知っておくべき調剤過誤にかかる法的知識

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薬剤師にとって、日頃の業務と法律は深く関わっています。本シリーズでは、薬剤師が知っておくべき法律のイロハについて、赤羽根弁護士から講義形式でお伝えいたします。動画は5分程度ですが、講義内容を文章で閲覧されたい方は、こちらの記事で内容をご確認ください。

民事責任の二つ目の要素「因果関係」とは

では、金銭の支払い義務が生じる民事責任のうち二つ目の要件である「因果関係」についてお話しをします。

因果関係とは「加害行為」と「損害」の因果関係ということです。一見簡単に思われますが、実は法的には難しいのです。例えば、薬を間違えて渡したときに、健康被害が起こったとします。それが本当に薬のせいなのか、それとも持病のせいなのか判断が分かれる場合もあるということです。実際に患者さんの対応をする薬剤師が、法的な因果関係を逐一判断するのはなかなか難しい。ただ、初期対応や、患者さんとの対応のなかで、“患者さんが損害だと言うことが、すべて因果関係があるわけではない”ということを意識しておくことが必要です。当然、因果関係があるものもあるし、ないと判断されるものもあります。すべて初めから因果関係があるという対応をしていると、のちのち問題になることもあり得ますので、ミスがあっても、損害があっても、その間に因果関係が必要なんだと意識していただきたいと思います。

実際の裁判例ですが「バップフォー」という薬が処方されて、薬局で間違えて「バソメット」という薬を患者さんに渡してしまったという事案がありました。この患者さんが41日間服用した結果、脳梗塞で倒れて、1ケ月後に亡くなってしまったのです。裁判では、まさに「因果関係」のところが大きな問題になったと思われます。薬を取り違えて処方せん通りに調剤していないので、これは過失がある上に死亡という損害もある。そもそもバソメットを飲むと脳梗塞の可能性は高まるのですが、この患者さんは96歳の女性でした。本当にバソメットのせいで、脳梗塞で亡くなったのか。もともと既往があって、そのせいで亡くなった可能性も十分あるのではないかということで、因果関係が本当にあるのかが大きな争点になったのです。実際に法律上の因果関係があるのかどうか非常に悩ましいので、一概に判断できないわけですが、“本当に因果関係があるのかどうか疑問を持たなければいけない”という一例だと思います。結論として、裁判では因果関係があるとされて、慰謝料の請求が認められたと報道されています。

民事責任の三つ目の要素「損害」とは

最後に民事責任が生じる三つ目の要件「損害」についてお話しします。。損害とは、不法行為があったときとなかったときの財産状態の差額ということになります。“損害の填補”が民事責任の基本なので、その財産状態の差額分を補填しなければいけないということです。一般的に「積極損害」と言われるのは治療費など実際にそのせいでかかってしまったもの。一方「消極損害」は「逸失利益」とも言いますが、本来行けるはずだった仕事に入院のため行けなくて、収入が減ってしまった場合に、本来得られる利益を得られなかった損害というものがあります。もう一つ、最後に「慰謝料」。精神的損害というものが損害にはあると言われています。
最近相談を受けた事例ですが、薬を間違えて患者さんに渡してしまったけども、患者さんが気が付いて連絡をくれてすぐお宅に行って、交換をしたという例。「患者さんが間違えて飲まなかったのでよかった」と思っていたら、ご家族の方から電話が掛かってきて、「あなたの所、薬間違えたらしいじゃないですか」と。「うちの母親が『また間違えられたらどうしよう。怖いからもう薬飲まない』と言って困っているんです。誠意ある対応を見せてください」などと言われてしまうことが、まれにあります。

この事案では、“損害があるのか”を考えていただきたいのです。飲んでないのですからそもそも健康被害は一切ないわけです。過誤の場合は、基本的には“健康被害がない場合には、損害がない”と考えていいと思います。不安になったら慰謝料が発生するのではという議論もあるかもしれませんが、法的な権利侵害まではなかったということで、損害はなかったという前提で対応していいと思います。

実際に、損害がない、法的責任がないということは、金銭の支払い義務がないということです。それ以上でもそれ以下でもない。ですから、間違えてしまった場合、誠意を持った対応はしなければなりませんが、初期対応が重要です。金銭を安易に支払ってしまうと、のちのち過度な金銭を要求されたりすることもあります。損害がないことを前提に対応をすると、患者さんの方も理解してくれることが多いようです。民事責任が発生するためには「過失」、「因果関係」、「損害」すべての要件が揃うことが必要だということも理解をしていただければと思います。

今回のまとめポイント

・ミスと損害の間には因果関係が必要だと意識する。因果関係があるかの判断は難しい
・損害は、「積極損害」「消極損害」「精神的損害」がある
・民事責任が発生するためには「過失」、「因果関係」、「損害」すべての要件が揃うことが必要である

赤羽根 秀宜(あかばね ひでのり)
中外合同法律事務所パートナー, 薬事・健康関連グループ代表
弁護士・薬剤師
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬事・健康・個人情報保護等にかかる問題を多く取り扱う。主な著書に「医薬品・医療機器・健康食品等に関する法律と実務」(日本加除出版株式会社)、「赤羽根先生に聞いてみよう 薬局・薬剤師のためのトラブル相談Q&A47」(株式会社じほう)等がある。
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薬プレッソ編集部

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