【第八回】民事責任と過失「注意義務違反」 - 薬剤師が知っておくべき調剤過誤にかかる法的知識

薬剤師の業務上の「過失」とは
前回、金銭の支払い義務が生じる民事責任は「過失」、「因果関係」、「損害」の3つの要件がすべて揃ったときに発生するとお話ししました。この要件がどのようなものか理解しておくのは、とても重要なポイントですので、今回はそのお話をします。
今回お話をするのは「過失」、いわゆる調剤ミスに当たる部分です。過失というと、一般的にはうっかりとか、そういう主観的なものと思われがちですが、法的には“客観的な注意義務違反”だと考えられています。“予見義務”に裏付けられた予見可能性と、“結果回避義務違反”の二つの義務に違反するということです。大きなところで理解していただきたいのは、「薬剤師は義務を尽くしていないと、責任を問われる可能性がある」ということです。
薬剤師の義務とは、薬を処方せん通りに渡すということであって、違う薬を取り違えるミスが起きれば、明らかに義務違反です。しかしそれだけではなくて、薬剤師の業務は今は対物業務から対人業務に変わってきていることを考える必要があります。例えば、患者さんに情報提供したり指導しなければいけない義務や、患者さんから適切に情報を聞き取って、問題があれば疑義照会しなければいけない義務など、いろいろな義務がある。そのような対人に関わる義務というのは、薬の取り違えのように画一的に義務違反かどうかが判断できません。なぜなら、どこまで薬の説明をしておくべきかは、患者さんの状況や薬の内容によっても変わってくるからです。
薬剤師が果たすべき義務
医師や薬剤師などの医療従事者が、どの程度の義務を尽くせばいいのかについては、昔から議論になっています。ある判例で、最高裁は次のように言っています。「いやしくも人の生命及び健康管理するべき業務に従事するもの」は「実験上必要とされる最善の注意義務を要求される」。とても高度な義務を要求していると言うことができます。
薬剤師が、一般的に行うことだけをやっていても、義務を尽くしたとは言えないと。でき得る最大限の努力もしくはそれと同等のことをしていなければ、義務を果たしたとは判断しないと考えられているのです。あくまでも「最善を尽くしていたかどうか」というところで、「義務を尽くしたかどうか」を判断されてしまうのです。実際の業務では難しいとは思いますが、それを意識して業務を行うことが重要になってきます。
最近はチーム医療で医師、看護師、薬剤師が横の連携をしていくことが求められています。医師の下について業務を行なうのではなく、それぞれの専門性に基づいて適切な医療を提供することがよりよい医療なのだと言われています。これは法的にも同じで、薬剤師は、医師を介して患者さんに責任を負っているのであれば、医師の指示に従っていれば基本的には責任に問われないという関係になりますが、実際は、“患者さんに対して直接最善を尽くしたかどうか”ということで判断されるのです。
ですから、医師からいくら「この通りにしろ」と指示されたとしても、医学的、薬学的に明らかにおかしいと思ったことを薬剤師が漫然と聞いてしまってはいけません。薬剤師と患者の観点から考えると、“最善を尽くしたと言えない”と言われてしまう可能性があるのです。
繰り返しになりますが、現場では難しい部分もあるかと思いますが、薬剤師はあくまで、“患者に対して”最善を尽くして業務を行っていくということが重要です。そういう意識を持っておくことで、義務違反にあたる過失、取り違えなどが起こってしまった時に、責任を問われることは減ってくると言えると思います。
今回のまとめポイント
・過失とは、予見義務と結果回避義務違反の二つに違反することである。
・薬剤師は義務を尽くしていないと、責任を問われる可能性がある。
・“患者さんに対して直接最善を尽くしたかどうか”で判断される。
中外合同法律事務所パートナー, 薬事・健康関連グループ代表
弁護士・薬剤師
薬剤師の勤務経験がある弁護士として、薬事・健康・個人情報保護等にかかる問題を多く取り扱う。主な著書に「医薬品・医療機器・健康食品等に関する法律と実務」(日本加除出版株式会社)、「赤羽根先生に聞いてみよう 薬局・薬剤師のためのトラブル相談Q&A47」(株式会社じほう)等がある。