第6回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「マンドラゴラと薬草」

皆さまは薬草と人間のつながりについて考えたことはございますでしょうか。本連載では、ドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。

謎に満ちたマンドラゴラ

マンドラゴラは古代からいろいろな言い伝えのある謎に満ちた植物でした。マンドラゴラ(英語マンドレイク)の根は人間の形をしていて、引き抜くとものすごい叫び声をあげるので、それを聞いた人は死んでしまいます。それでマンドラゴラの根と犬をロープで結び、離れたところから犬を呼び寄せると根は抜けますが、犬は死んでしまいます。このような伝説が広くヨーロッパに流布されてきました。そんなマンドラゴラの正体に迫ってみようと思います。


マンドラゴラの絵(16世紀頃)


『健康全書』の挿絵より(14世紀末頃)


マンドラゴラの絵(19世紀末)

古代エジプトにおけるマンドラゴラ

ツタンカーメン王(紀元前14世紀頃)の墓から小箱が発掘されました。小箱の蓋には王夫妻の姿が浮き彫りになっていて、縁飾りはヒナゲシとマンドラゴラです。下の段にはマンドラゴラを収穫している女性が描かれています。しかし、犬もいないし、恐ろしそうにしている様子などまったく見られません。当時、マンドラゴラは鎮痛薬や媚薬として使われていたようです。

 
墓から出土した小箱の浮彫装飾


マンドラゴラを摘む女性(右)


マンドラゴラの実をあしらった首飾り(大英博物館所蔵/ロンドン)

マンドラゴラは旧約聖書では『恋なすび』

『旧約聖書』の「創世記」にもマンドラゴラのことが載っています。ちょっと長い話ですが、簡単に紹介します。ヤコブ(旧約聖書に登場するイスラエル民族の祖アブラハムの孫)は叔父の次女ラケルと結婚したくて、叔父のもとで7年間働きます。やっと結婚式を挙げることができたのですが、なんとその朝ヤコブのベッドにいたのは長女レアでした。叔父の言うには、姉より先に妹が結婚することはできないというのです。そこでもう7年間働けばラケルと結婚できると言われてヤコブはまたも7年間働いてめでたくラケルとも結婚できました。
ところがレアには子どもがたくさんできたのにラケルには子どもが授かりませんでした。そんなときレアの息子が野原でマンドラゴラの実を見つけて母のレアのところに持ってきます。それを知ったラケルはレアにその実をほしいと頼みます。レアは「私の夫ばかりかこの実もほしいというのか」とラケルを非難します。
そこで、ラケルは一晩だけヤコブをレアのところに返すからと言うので、レアは承諾しました。やがてラケルに子どもが生まれました。
この話でわかるのは、マンドラゴラは野原に自生しているが、簡単に見つかるものではない貴重な植物だったということ。そしてラケルが欲しがったようにこの実が優れて受胎効果のあるものだということです。
日本の聖書ではこの実を「恋なすび」、ドイツ語では「愛のリンゴ」と訳しています。


ヤコブとラケルの出会い(ウィーン美術史美術館所蔵)

マンドラゴラは古代ギリシャ・ローマでは薬用

古代ギリシャの学者テオプラストス(BC4~3頃)は『植物誌』の中で、マンドラゴラを掘るときは、その周りに剣で三重の輪を描き、西の方を見ながら切り取ることと書いています。このような掘り方がどのような経過で伝えられるようになったのかは不明です。
なお、テオプラストスは、ワインを作るときに、マンドラゴラの根を使うといいと書いています。また、根を削り酢に浸すと、丹毒、痛風、催眠、媚薬に有効だとも書いています。マンドラゴラが薬用として使われていたことがわかります。
古代ローマの植物学者大プリニウス(BC3世紀頃)も『博物誌・植物編』の中でマンドラゴラの掘り方についてテオプラストスと同じようなことを書いています。


テオプラストス『植物誌』の口絵(1644年)

マンドラゴラ採取に犬が登場

テオプラストスや大プリニウスの時代にはマンドラゴラの掘り方は儀式として定着していたようですが、犬はまだ登場していません。ところがその後古代ギリシャの学者デイオスコリデス(40年頃―90年頃)の『博物誌』の写本にはマンドラゴラと絶命しているイヌの絵が載っています。しかし、掘り方の定着から犬が登場するまでの経緯については残念ながらよくわかっていません。


デイオスコリデス『博物誌』の写本

同時代の政治家であり歴史家であるユダヤ人フラウィウス・ヨセフス(西暦37年~100年頃)の『ユダヤ戦記』にはマンドラゴラと思われるバアラスという危険で命とりになるという植物のことが書かれていて、掘り方には犬を使うというのです。その根には優れた治癒力があるとも書いてあります。


犬を使ってマンドラゴラを採取する様子が描かれた絵(1世紀頃)

マンドラゴラ伝説の広まりと定着

マンドラゴラ伝説は儀式と犬を基本としてその後いろいろな言い伝えが付け加えられていきます。マンドラゴラには雄と雌がいて、夜になると密かに動き回るとか、また根は魔除けになると信じられて高い値段で取引され、偽物をつかまされてがっかりしたという話も伝わっています。また根を所有しているのは魔女だと疑われて実際に魔女裁判にかけられた女性の話もあります。


雄と雌のマンドラゴラ
雄はなぜか貧弱な様子で描かれている

グリム兄弟の『ドイツ伝説集』(1816年)にはマンドラゴラについてとても詳しい話が載っています。それによれば、マンドラゴラ(別名アルラオネ)は絞首台の下に生えるとか、金曜日の日の出前に掘るとか、根を赤ワインで洗い風呂に入れて肌着を着せて小箱に入れておけば、未来のことを教えてくれて、富を手に入れることができるとか、持ち主が死んだらどうするかなど興味深いことが書かれています。


マンドラゴラのお守り(ドイツ博物館所蔵/ミュンヘン)

マンドラゴラは実在する植物

マンドラゴラは空想の植物ではありません。東地中海沿岸に起源をもつナス科の植物で、有毒です。春咲き(M.vernalis)と秋咲き(M.autumnalis) があります。これが雄株と雌株の伝説のもとになっているようです。葉はロゼット状で、花は紫色、緑色の小さな丸い実がなります。栽培は難しく、実がなるまでに8年かかると言われています。
根には細い側根がたくさんあるので、引き抜きづらそうです。おそらくバリバリと音をたてて抜けたのかと思われ、伝説の儀式や悲鳴につながっていったのではないかと推測されています。


ロゼット状のマンドラゴラの葉

マンドラゴラの栽培に成功した植物学の先生から実を少しだけ食べさせていただいたことがあります。果肉は桃のようなほんのり甘い香りがしました。種は有毒でも絶命するほどの猛毒ではないというのが専門家である先生の判断ですが、もし実を入手する機会があったら自己判断で試食するのは避けた方がいいかもしれません。


マンドラゴラの花(©️指田豊)


マンドラゴラの実と根(©️指田豊)


実の断面(©️指田豊)

おわりに

マンドラゴラは実在する植物でありながら、伝説の植物になってしまいました。根の形が人間に似ているというだけなら、人参や大根などもときに人間そっくりのものがあります。マンドラゴラ伝説が出来たこと、そのことこそが大きな謎なのかもしれませんね。来月はクリスマスと薬草の話です。

西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。

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