第5回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「魔除けの薬草」 – 薬プレッソ

西村佑子先生が語る「薬草と人間」

第5回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「魔除けの薬草」

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皆さまは薬草と人間のつながりについて考えたことはございますでしょうか。本連載では、ドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。

魔除けと薬草

10月31日はハロウィンですね。この日は古代ケルトの暦では一年の終わりにあたります。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊を追いだす宗教的な行事でした。いつの時代でも、どの地域でも人々は悪霊を避けるためにいろいろなことを行ってきたのです。
避けたい魔はたくさんあります。寒さによる凍死や干ばつによる餓死など、天災による魔は避けたいです。戦争や蔓延する疫病などの社会的な災害も嫌です。個人のレベルでいえば、病魔は嫌だし、出産や祝い事を邪魔する魔には憑りつかれたくないですね。そんなとき人は祈祷や魔除けに頼りがちです。人々がこれまで頼ってきた魔除けにはどんなものがあったのかをいくつか紹介します。


飢饉が深刻な問題であった時代(森に捨てられたヘンゼルとグレーテル/ホーゼマン画)


悪天候は魔女のせいとされた(オラウス・マグヌス『北方民族文化史』1555年)


ペストの守護聖人ロクス(アントワープ王立美術館所蔵/ベルギー)
患者の治癒に取り組み、自らも罹患し、ペストで出来た斑点を指さしている

人の手によって作られた魔除け

魔除けといえば、ルーン文字(古代ゲルマンの文字)や五芒星(5つの角をもつ星型)が描かれたものを思い浮かべるかもしれませんが、それらは魔除けというよりも、呪的な要素の強い魔術のシンボルとして使われているようです。


ルーン文字を刻んだペンダント
記された文字は雹(ヒョウ)を表わし、悪天候から身を守ってくれる

キリスト教の世界では魔除けとして最大の効果を持つのは何と言っても十字架です。十字架を突きつけられると悪魔は一目散に逃げ出します。十字架のペンダントは最大の魔除けなのです。
では蹄鉄はどうでしょう。魔物は鉄を嫌うと信じられていたので、蹄鉄を戸口に打ち付けて魔の侵入を阻むことはよくあることでした。


ガレージに打ち付けられた蹄鉄は交通安全のお守り

また、「フスマ吐き」という魔除けがあります。挽いた粉に魔が取りつかないように、フスマを吐きだす部分に恐ろしい顔のお面を貼りつけます。


「フスマ吐き」(ヘッデルンハイム郷土博物館所蔵/フランクフルト)

ちょっと変わった魔除けに飲むお札というものもあります。聖女の顔を印刷した紙片を飲んで身体から病気を追いだすのです。身につけるよりも効果はより大きいと信じられています。私はランツフート(バイエルン州)にあるウルズラ尼僧院で買ってみました。まだ飲んでいませんが、受付の尼さんの話では婦人病に効くそうです。


聖女ウルズラの飲むお札は1枚つづりで売っている


聖女ウルズラの飲むお札(拡大したもの)

そのままで魔除けとなる薬草

ここまで人工的に作られた魔除けについて紹介しましたが、人の手を加えずそのままで効果のある魔除けがあります。薬草がその一つで、魔除け草になる決め手は葉の形や香りです。
葉の形による代表はクローバーです。三つ葉ならキリスト教の三位一体(父と子と聖霊が一つの神であるとするキリスト教のお教え)を表わし、四葉なら十字架を表わす尊い形なので、魔を避ける力があるのです。また、ヒイラギは葉の縁が尖っていることから魔が嫌うと言われて魔除け草になっています。


クローバー 


ヒイラギ

香りと書けば、良い匂いを思いますね。魔は邪悪な存在なので良い匂いには弱いと信じられていました。たとえばシソ科のミント(ハッカ)類の薬草はあのスーとした香りが魔除けになるといわれています。一方、嫌な臭いのする薬草なら魔すら避けるだろうというのでこれも魔除け草になります。たとえば、セイヨウカノコソウ(英語でバレリアン)がそうです。この薬草は催眠・鎮静効果抜群なので、不眠症の人は市販の錠剤やチンキ(濃縮エキス)を利用しています。しかし、この根を乾燥させたものは鼻をもつまみたくなるほどひどい臭いです。これなら確かに魔も避けるでしょう。


市販のバルドリアン(セイヨウカノコソウ)鎮静剤


花の終わったセイヨウカノコソウ(ホーフガイスマル/ヘッセン州)

伝説が伝える魔除けの薬草

魔除けの薬草が出てくる伝説があります。一つはハナハッカ(オレガノ)にまつわる話です。この花で地面に輪を作り、そこにいれば魔女に連れ去られることはないという伝説がハルツ地方(中部ドイツ)にあります。また、この花で編んだ冠を頭に乗せると飛んでいる魔女が見えると伝えられています。
ハナハッカはシソ科特有の香りがします。料理には重宝な香辛料ですが、樟脳に似た香りが魔女には嫌われているのかもしれません。


ハナハッカ

産婆を守る薬草が出てくる伝説もあります。産婆は今では助産師と言われていますね。しかし、本来の「産婆」は単にお産を助けるだけの女性ではありませんでした。安産を願って呪的な行為も行い、子どもが成長するまでは後見人の役目も担っていました。このような様々な役割を担う産婆は、人々から大変重宝されていた女性だったのです。


無事に出産が終わって一息つく産婆たち

さて、産婆の伝説を紹介しましょう。ある日、産婆のところに水の精がやってきて妻の出産を助けてほしいと頼みます。ドイツの伝説に出てくる水の精はたいてい家族持ちで水の底に住んでいて、キリスト教からは異教の存在とみなされていました。産婆は嫌々ながらも産婆としての使命感もあってお産の手伝いに行きます。無事お産が終わったとき、水の精である産婦は産婆に感謝し、うまく地上に出られるには水辺に生えているハナハッカやニガハッカにつかまって這い上がるようにといいます。産婆はそれで無事家に帰りつきました。
これはハレ市(ザクセン州)に伝わる伝説です。なぜこの薬草が産婆を護る薬草だったかについては何の説明もありません。しかし、ニガハッカの葉は強い苦味があるので魔には嫌がられるのかもしれません。


『小さい水の精』(プロイスラー著、はたさわゆうこ(訳)、徳間書店)
水の精の楽しい家族を描いた児童書


ニガハッカ

家畜が魔に襲われないよう、シソ科やセリ科の薬草を家畜小屋の中で燻すという言い伝えもあります。どうやら魔は香りに弱いようです。


薬草を詰めたガラス瓶のペンダント(ウィッチクラフトミュージアム/イギリス)

おわりに

お正月には破魔矢やお守りを買うことがあると思います。神頼みと言われても、魔除けが私たちの不安を鎮めてくれるなら頼ってもいいのかもしれません。人の手による製品を買うだけでなく、魔除けの効果がある薬草を庭で育ててみるのもいいかもしれません。次回は謎に満ちた薬草マンドラゴラについて紹介します。

西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。

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