西村佑子先生が語る「薬草と人間」
第4回【連載】ドイツ文学者(魔女研究家)西村佑子先生が語る「秋の薬草」

本連載では、ドイツ文学者であり魔女研究家としてもご活躍される西村先生より薬草と人間の結びつきを歴史や文化の面から紹介していただきます。
実り多き「秋」を楽しむ
9月になると、リンゴ、ブドウ、ナシ、クリ、トウモロコシなど秋の旬が店先に姿を見せるようになります。ドイツもブドウやリンゴ、ベリー類やキノコ類が店頭に出そろう季節です。秋の実りが私たちの食生活を豊かにしてくれるのは嬉しいことです。身近な秋の植物についてドイツならではのお話しをしましょう。
ドイツではベリーの種類が豊富で、リンゴは小さいのがポピュラー
真っ赤なバラの実のお茶
春から夏にかけて眼を楽しませてくれるのがイヌバラ(学名:ロサ・カリーナ)の花です。その花が秋になると真っ赤な実になります。イヌバラは園芸用の豪華なバラではありません。花弁は5枚で、薄紅色あるいは白色の小さな可憐な花です。イヌバラはツル性植物で、まわりの木や建物に沿って上に伸びる性質があります。グリム童話の「いばら姫」で、姫が眠る城をすっぽりおおい隠してしまったバラはこの種のバラ(ノバラ)です。
イヌバラ
イヌバラの実
「いばら姫」(L.リヒター画)
同じくドイツでよく見かけるバラにジャガイモバラ(ドイツ語:カルトッフェルローゼ)があります。原種は日本を含む東アジアの産で、和名はハマナスです。ハマナスのナスはナシが訛ったものと言われています。実が梨の実に似ているからです。ドイツの梨はいわゆる洋ナシですから実は似ていません。葉がジャガイモの葉に似ているからだそうです。花も実も赤くてきれいです。
ジャガイモバラの花と実
道端でよく見かけるジャガイモバラ
これらのバラの実はローズヒップ(ドイツ語ハーゲブッテ)と言い、ビタミンCが豊富です。ハイビスカスとブレンドしたお茶はドイツでも人気の高いハーブティの一つです。きれいな赤色をしていて、少し甘酸っぱく、夏には冷やして飲んでも美味しいです。
ローズヒップ(ハーゲブッテ)茶
「一日一個のリンゴで医者いらず」
ドイツでタクシーに乗ってリンゴの並木道を走っていたとき、おりしもリンゴの花が満開だったので、「なんてきれいなんでしょう」と運転手さんに声をかけました。ところがそこで返ってきた返事にびっくりしました。
リンゴの花
ドイツでは良い職や良い親方を求め、あるいは学のある師を求めて、職人や学生が遍歴の旅をする伝統がありました。彼らが旅の途中で飢えを癒すことができるように、リンゴのような果実のなる木を植えたのだというのです。
しかも、ドイツには「一日一個のリンゴで医者いらず」ということわざがあり、それを今も実行して毎日リンゴを食べている人がいるそうです。旅人にとってリンゴは貴重な食糧であったばかりか薬でもあったのですね。
リンゴ並木(©️Chie Harada)
ドイツの田舎道にはリンゴなどの果樹が並木として植えられていることがあります。これらの果樹は、市役所や町役場が管理していて、地域の住民は木を品定めして、実を収穫する権利を買うことができます。リンゴの木1本がなんと1~2ユーロ(300円前後)程度だそうですからびっくりです。
それでも最近はこの制度を活用する人も少なくなり、市や村が、指定された街路のリンゴなら無料で収穫できるという広報を出しています。それでも拾い手がいなく、道端に落ちたまま腐ってしまうリンゴがたくさんあるということですからもったいない話ですね。
実もたわわなリンゴの木(©️Chie Harada)
収穫したリンゴの一部は冬用に保管しておく(©️Chie Harada)
リンゴはドイツでもっとも好まれる果実の一つです。ときどきホテルのフロントにリンゴを入れた籠が置いてあったりします。もちろん無料です。旅先での適度なおやつになります。
リンゴはジュースやムースなどたくさんの食べ方がありますが、私はデザートの定番とも言われるアップェルシュトゥルーデルが大好きです。シナモンの香りの効いたリンゴ煮を薄い生地に包んだアップルパイのようなものですが、これを熱々にして生クリームとアイスクリームを添えます。これがとても美味しいのです。
アップェルシュトゥルーデル
オークのドングリと最高級のポークハム
オークはブナ科コナラ属の落葉樹であるナラの総称(ヨーロッパナラ)です。家具やワインの樽などに使われます。秋にはたくさんの実、つまりドングリがなります。
オークの葉とドングリ
オークのドングリを食べた豚で作るハムは最高級品だと言われています。豚飼いは秋になるとドングリの実のなる森に豚を連れて行き、どっさり食べさせます。
豚飼いの像(ブレーメン)
オークはドイツの神木
ここでオークにまつわる伝説を一つ紹介しましょう。西暦718年頃、イングランドの修道士ボニファーティウスがキリスト教を広めるためにドイツへやってきました。彼は、神が宿る木を崇拝している村があると知り、そこへやってきて、この木を切り倒させました。村人は天罰が下ると思って震え上がりましたが、何事も起こりませんでした。そこで、村人はこれまで信じてきた神を捨ててキリスト教に改宗しました。
ボニファーティウスと切り倒されたオークの木(エアフルト市庁舎所蔵/チューリンゲン州)
この言い伝えのあったガイスマル村の入口に立つ掲示板(ヘッセン州)
この神木がオークでした。キリスト教がドイツに受け入れられる前は、ドイツには神様がたくさんいて、オークは雷の神様に捧げられた木でした。確かにオークには雷がよく落ちます。ドイツには雷がなったら「オークの木を避けよ」という古いことわざがあります。オークは地下の水脈まで長い根を張るからだそうです。避雷針の役目をしているのですね。
今も生きている樹齢700年というオークの木(ウアザバブルク/ヘッセン州)
落雷によってか無惨な姿のオーク(ウアザバブルク/ヘッセン州)
オークがドイツにとって特別な木であることがわかる身近な例があります。ユーロ圏で使われる貨幣のデザインです。ユーロ貨幣の表のデザインはユーロ圏共通ですが、裏はその国々で自由に作ることができます。ドイツで作られた貨幣1セント、2セント、5セントの裏にはオークの葉が刻まれています。オークは今もドイツのシンボル樹なのです。
ドイツで作られた1セント貨幣
おわりに
リンゴやバラと言えば、さまざまなイメージが思い浮かぶでしょうが、今回は私たちの生活に身近な「食としてのリンゴやバラ」の話だけにしました。また、ドイツの文化と深くかかわっている植物の代表としてオークの木を取り上げました。「秋の実り」は私たちの生活にとって自然からのすばらしいプレゼントです。やがて冬がやってきます。しばし「実りの秋」を楽しみたいですね。次回は魔除けの薬草の話です。
西村 佑子(にしむら ゆうこ):早稲田大学大学院修士課程修了。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在はNHK文化センター(柏・千葉教室)講師。2014年「魔女の秘密展」(東映・中日新聞企画)の監修。主な著書に『グリム童話の魔女たち』(洋泉社)、『ドイツメルヘン街道夢街道』(郁文堂)、『魔女の薬草箱』、『不思議な薬草箱』(ともに山と渓谷社)、『魔女学校の教科書』(静山社)など。