トンデモ薬列伝 第1回:王を癒すために使った「馬のおしっこ」?西遊記に学ぶ薬のアレコレ – 薬プレッソ

トンデモ薬列伝 第1回:王を癒すために使った「馬のおしっこ」?西遊記に学ぶ薬のアレコレ

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昔は使われていたが今は使われていない薬たち

歴史の中で人類は自然の動植物がケガや病気に効くことを知り、失敗と成功を積み重ねながら、「薬」となるものを取捨選択してきました。3世紀にはローマ帝国や後漢で最古の薬物書が記されています。3世紀とその結果、「昔は使っていたが、今は使われていない」薬物が少なからずあります。中には、現代の常識で考えると“トンデモない”ものも。今回は、孫悟空や三蔵法師で有名な、あの「西遊記」で登場する「トンデモ?生薬」、「馬兜鈴(バトウレイ。ウマノスズクサ)」のお話をしたいと思います。

日本人にもおなじみ。ドラマにもなった「西遊記」

「西遊記」は明の時代(1570年頃)に成立したといわれる、唐の高僧・三蔵法師(『玄奘』とも表記される) が仏典を求めて天竺 (インド) を目指した史実を元に、孫悟空・猪八戒・沙悟浄の弟子を従え、幾多の苦難を乗り越えながら旅をする物語です。

日本では、堺正章が孫悟空を、夏目雅子が三蔵法師を演じたテレビドラマが人気となり、その後も他のキャストでリメイク、映画まで作られましたから、これで西遊記を詳しく知った方も多いのではないでしょうか。

孫悟空の使った、とんでもない薬の中身とは!?

西遊記には、三蔵法師を狙う多くの妖怪が登場し、孫悟空ほか弟子たちは、これらと戦いながら旅を続けます。妖怪たちは不思議な薬や妖しい術を使うため、三蔵法師一行、登場人物はケガをしたり操られたり、時には死んでしまうことも。そのため、妖怪の術や魔法を破るため、死者を生き返らせる効果を持つ太上老君の「九転還魂丹」をはじめ、毘藍婆菩薩びらんばぼさつの「解毒丹」、風に吹き飛ばされないための「定風丹」等々、さまざまな薬が登場します。中には妖怪も驚きそうな、とんでもない薬が使われているのです。

そのひとつが、朱紫国での話。七絶山稀柿衕しちぜつさんきしどうの妖怪を倒した三蔵法師一行は、朱紫国に到着しますが、国王は重い病にかかっていました。悟空たちは国王の病を治すため、薬を調合することになります。

彼らが集めてきたのは、大黄、巴豆、なべ墨(百草霜)などの薬草。どのような効果があるかというと、

大黄:タデ科。根茎の形が拳に似ており、拳参という生薬名を持つ。緩下、消炎、健胃の作用があり、胃腸炎、消化不良、便秘などに効果があるとされる。
巴豆:トウダイグサ科の生薬。重要な瀉下薬(排便を促す薬剤)として用いられていた。
・なべ墨:百草霜(百草とはさまざまな草のこと、霜は焼いた後の灰)とも呼ばれる。柴や雑草といった草を燃やした後、かまどや煙突に付いた煤。吐血、鼻血、子宮出血、帯下、消化不良に用いる。

とされており、実際に使われていた生薬だったことがわかります。しかし、問題はここからです。悟空はこれらの生薬を丸める時に、悟浄や八戒を驚かせる材料を使うといいます。

それは三蔵法師の乗り馬である、白馬・玉龍の「尿」でした。

馬の尿に薬効が?!

これを聞いた悟浄は、「普通なら酢や古米の炊き汁、蜜、水で作るのでは?」と笑うのですが、悟空は馬の尿が効くと主張します。なぜなら、玉龍の正体は龍神・西海竜王・敖閨ごうじゅんの第三太子。罪を犯して処刑されかけたところを三蔵法師に助けられ、馬として旅に加わっていたのでした。

「玉龍の尿なら効果がある」と説く悟空に、玉龍自身も「私の尿を飲んだ魚は竜となり、山に放尿すれば、草は「霊芝草(霊芝のこと。古くから珍重されてきた生薬で『幻のキノコ』)という長寿の仙薬となる」と語ります。

結局、悟空たちは玉龍の尿で練った生薬で丸薬を作り、朱紫国国王に飲ませます。すると体に詰まっていた糯米もちごめの塊が排出され、国王はみるみるうちに元気を取り戻したのです。

馬の尿には止血効果やホルモンも含まれている?

大黄、巴豆、なべ墨(百草霜)は、当時生薬として使われていたと思われますが、果たして馬の尿には効果があったのでしょうか?実は日本で生薬として用いられていた時期もあったようで、例えば戦国時代には薬草や漢方を用いた民間療法が行われていましたが、尿にも止血効果があると信じられており、刀傷に尿を塗ったり飲んだりもしていたそうです。
また、妊娠馬の尿中から抽出される女性ホルモン(エストロゲン)は更年期障害をはじめとした女性特有の病療に効果があると言われ、実際に利用されてきました。
このことから、悟空の丸薬調合法は歴史的な記録を鑑みても、あながち間違いだとはいえません。もちろん、現代で出した尿をそのまま使うというのは、衛生上問題がありそうですね。

悟空が説明した薬草「馬兜鈴バトウレイ」とは?

この話には続きがあり、回復した国王は宴を開き、三蔵法師一行を招待します。その際、弟子のひとりである豚の妖怪、猪八戒が、思わず口を滑らせてしまいまいます。

「王様、あなたのお飲みになった薬には馬の……」

これを聞いた国王は悟空に、「薬の中に馬がいるらしいが、どんな馬なのか?」と尋ねます。悟空が「薬の中には馬兜鈴が入っています」と答えると、国王は「馬兜鈴とは何か?」と周囲を見回しました。これに応じた医官は「馬兜鈴は苦い薬ですが毒がなく、喘痰や血液の循環に効果があります。また精力補強剤としても使います」と説明。国王は「私の病に適していたのだな」と得心するのです。

悟空が答えた「馬兜鈴バトウレイ」は「ウマノスズクサ(ウマノスズクサ科)」の別名。葉の形が馬の顔で、花の球形部分が馬の首にかける鈴に似ていることから命名されたといいます。有効成分は、アリストロン、アリスト酸、マグノフロリン。解毒、疼痛、消炎、咳止めや去痰に効くとされていました。
「馬」という単語から別の生薬を持ち出し、話題を逸らした孫悟空。薬の知識で上手く場を収めた旅の一場面が描かれています。

西遊記に登場した生薬・薬草で、「今は使われていないもの」

悟空や三蔵法師の生きた時代、この小説が書かれた時、「馬兜鈴」は、よく使われていたようです。しかし、研究が進むに従い、「馬兜鈴」にはアリストロキア酸といった毒性物質が含まれていることがわかり、現在はあまり使用されなくなっています。また、先述の巴豆も毒性が強いため、使用に際しては注意が必要です。
また、馬の尿から作るプレマリンも、1960年頃は更年期障害に有効とされ使用されていましたが、1990年代になって、更年期のホルモン治療には乳がん、心疾患、脳卒中などの疾病を増加させる副作用があると報告されています。その後の研究で65歳の女性に認知障害が2倍に増えることもわかり、現在では服用を控える人も増えているようです。

このように薬草の成分がより詳細にわかるようになったため、「毒性がある」「副作用が強い」ということで、使用を控えるようになった生薬は少なくありません。

西遊記には、他にもさまざまな薬や術が登場します。「大黄」や「なべ墨(百草霜)」のように、今も普通に使われているのか、そうでないのかを調べてみるのも面白いかもしれませんね。

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